富士山、芦ノ湖、そしてツツジが織りなす絶景。 100年以上前につくられたこの風景を後世に伝えていく取り組みを取材した。  

84品種・約3000株”ツツジの絨毯”

都心からほど近く、歴史と自然を堪能できる人気の観光地・箱根。「箱根神社」など、箱根を代表する観光名所に佇む『山のホテル』には、今年もツツジの花が美しく咲き誇った。

富士山に向かって駆け上がるように庭園を埋め尽くすツツジ
富士山に向かって駆け上がるように庭園を埋め尽くすツツジ
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84品種・約3000株ものツツジは、富士山に向かって駆け上がるように、また芦ノ湖に向かって流れ込むように、一面絨毯を敷いたかのように庭園を埋め尽くす。

“玉仕立て”と言われる丸く刈り込んだツツジ
“玉仕立て”と言われる丸く刈り込んだツツジ

“玉仕立て”と言われる丸く刈り込んだツツジを見られるのもこの庭園の特徴だ。 

「八重げら」高さ3メートル以上もある
「八重げら」高さ3メートル以上もある

樹齢100年以上経つ株や、人の背丈を超えるもの、貴重な品種など、個性豊かなツツジが色めく。中でも、一際存在感を醸し出しているのは、真っ赤なツツジ。これは“八重げら”という品種で、高さが3メートル以上もあり、この庭園で一番大きな株だ。“八重”と言っても花を咲かせるのは二重で、江戸時代から存在する貴重な古品種のひとつだ。  

当時の庭園の版画 作:川瀬巴水(1935年) (提供:山のホテル)
当時の庭園の版画 作:川瀬巴水(1935年) (提供:山のホテル)

実はこの庭園、元々は三菱第4代社長・岩崎小彌太男爵の別邸に造られたものだった。目の前に広がる芦ノ湖、その隣には富士の雄大な姿。男爵は大自然を巧みに取り入れ、“一枚の絵”のように美しく仕上げた。ツツジが開花する時期、男爵は多くの人を招き「園遊会」を開いたそうだ。文化人との交流も深く、版画家の川瀬巴水をたびたび別邸に招いた。 

記録的な大雪でツツジが被害 「100年先への挑戦」始動

大雪で埋もれるツツジの株 2014年2月撮影(提供:山のホテル)
大雪で埋もれるツツジの株 2014年2月撮影(提供:山のホテル)

1911年に建てられた別邸は、1948年に『山のホテル』へと生まれ変わった。オープン当初から現在まで、改築や建て直しを行ったが、庭園には手を加えず別邸当時のままを残している。しかし2014年、2度にわたる記録的な大雪で一部の株が潰れるなど、被害に見舞われた。 

「このまま今までと同じような手入れをして大丈夫なのか?」 

庭園を管理して20年になる施設管理アシスタントマネージャーの大橋明雄さんは、このままではツツジの保存に限界があることを悟った。

そこで、「男爵の100年ツツジ 100年先への挑戦」と題し、由緒ある庭園の維持・再生を目的とした庭園プロジェクトを開始した。現在のツツジが枯れたり弱ったりしたとき、新たに購入した木を植えるのではなく、“挿し木”で男爵のツツジのDNAを残すという取り組みだ。

穂木を採取する様子(提供:山のホテル)
穂木を採取する様子(提供:山のホテル)

2015年、男爵が植えた木の中から八重げらなどを含む6品種の枝を採取して、協力を仰いだ新潟県の農園に送り、挿し木にして育ててもらった。10センチ程採取した穂木を約2年かけて30センチ程に大きくし、成長した苗木をホテルに戻し、庭園の一角にある圃場に植える。圃場に植える際にも“玉仕立て”という丸い形にするために、5本くらいをまとめて寄せ植えにする。

圃場(提供:山のホテル)
圃場(提供:山のホテル)

実際採取したときよりも株としての数が少なくなるということだ。また、環境に合わず、根がつきづらかったり、育ちが遅かったりするものもあり、ひとつの株として育てあげるのはとても難しいことなのだ。 

希少品種も発見! ”ナショナルコレクション”に認定

男爵が植えたツツジの中には、長い年月の間に品種が分からなくなってしまったものがある。そこで2016年から、公益社団法人 日本植物園協会 理事・倉重祐二さんによる品種調査を始めた。驚くことに、それ以前は庭園を管理するメンバーで図鑑を見て品種を調べる毎日だったそう。もちろん、その当時は希少な品種が存在していることも知らず、倉重さんの調査の結果、日本では他に栽培例の少ない希少品種が多数栽培されていることが分かった。 

認定盾と認定証(提供:山のホテル)
認定盾と認定証(提供:山のホテル)

こうした活動を続けた結果、2022年3月、次世代に残すべき園芸文化遺産として“ナショナルコレクション”に認定された。江戸時代に作出された30の古品種を含む84種類・約3000株のツツジの存在はもちろんだが、富士山や芦ノ湖を含む周囲の景観とともに残すべきコレクションとして評価された。 

「100年後も変わらぬ庭園を」

山のホテルの100年先への挑戦はまだまだ続く。

取材・執筆 楠瀬琴美)

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撮影中継取材部
撮影中継取材部