JR広島駅近くに、飲食店や住宅が密集する通称「エキ二シ」と呼ばれる地区がある。2021年11月に大規模な火災があり、30棟に大きな被害が出た。
コロナ禍とのダブルパンチの苦境の中、再起を目指して奮闘する、広島鉄板焼きの店長の姿を追った。
残ったのは鉄板ひとつ…突然の出来事に「現実を直視せざるを得ない」
あの日から半年…錆びついた鉄板が息を吹き返そうとしている。
この記事の画像(25枚)広島赤焼えん・伊藤勝 店長:
僕らにとってはこの鉄板が一番大切なものなので、この店で一番大切なものが何とか生き残ってくれたので、一番ほっとしていますね
2021年11月10日未明、「エキ二シ」を襲った大規模な火災。火元となった住宅から広がった火は、約30棟に次々と燃え移った。
その中のひとつ、鉄板焼きとお好み焼きの店「広島赤焼えん」。
広島赤焼えん・伊藤勝 店長:
現実を直視せざるをえない感じ。消火の水でさびさびの状況になってしまっているんですけど、鉄板は僕らにとってすごく大切なものなので、こういう状況になっているのは本当に悲しい。つらいです
10年前に脱サラし、店を始めた伊藤さん。エキニシで開店してから6周年を迎えたばかりだった。
伊藤勝 店長:
まさかこんな姿になるとは夢にも思わず、なくなって本当にさみしいですよね。すごく雰囲気がよかったので…
被災していない「エキニシ」の店主らも…力を合わせ片付け
心が折れそうになる、そんな時だった。
火災の翌日から始まった片付け作業に集まったのは、友人や常連客、そしてエキニシで店を営む人たちだった。
近くでバーを経営する伊藤さんの友人:
どこで火事になってもおかしくないと思うんですよ。たまたま僕らが被災しなかっただけで。そこは運だと思うんですよ。助け合うのは当たり前
伊藤さんはその光景に勇気をもらったという。
伊藤勝 店長:
被災した店もしてない店も、片付けになったらみんなで力を合わせて、一致団結して動けるのがこの地区のいいところ。すごく繋がりが強いと実感したので、これを機にエキニシ地区が発展できるように頑張っていきたいです
火災で知った「人の温かさ」と「普通の生活のありがたさ」
この地区のために何かできないか…伊藤さんはエキニシにあるほかの店の人たちと一緒に、防火対策強化に充てるためクラウドファンディングを始めた。
そこで感じたのは、広島の人たちの温かさ。
伊藤勝店長:
励ましの言葉を立ち止まってかけてくださる方もたくさんいて、本当にありがたいです
店の再建は徐々に進んでいた。こだわったのは前のお店の雰囲気をなるべく残すこと。
伊藤勝 店長:
この奥の、今 物がいっぱい置いてあるところ、あれが鉄板。唯一残っているのは鉄板だけです
伊藤さんは人の温かさとともに、エキニシ火災から教わったことがあった。
伊藤勝 店長:
やっぱりやっている時はしんどいんですよ。朝起きてまたきょうもキャベツを切らないといけないとか、タレがなくなって作らなくちゃいけないとかあるんですけど、離れてみると、あの時間がどれだけ幸せだったのか、普通に生活することがどれだけありがたいことなのかと思いましたね
伊藤勝店長:
これまでにつぶれそうな時も何回もあって、ようやく名前をみなさんに覚えてもらえて、お客さんが足繁く来てくれるようにようやくなった状況があるので。今まで経験したことや思い出は消えるわけではないので、そのへんが原動力だと思います
消えない経験や思い出が原動力…再起に向け新メニュー考案も
この日、伊藤さんが向かった先は、中央卸売市場。仕事ができない期間に、新たな試みを進める心づもりだ。
再起に向け新メニューを
伊藤勝 店長:
広島ならではじゃけえ、メンタイ(ヨロイイタチウオ)いいね。大きさによって値段が違うわけではないんですよね
市場の人:
いや、でかい方が高い
伊藤さんは店のリニューアルに向けて、今まで出していなかったメニューを考えている。
伊藤勝 店長:
チヌ(クロダイ)がいいじゃないですか?
市場の人:
いいときはタイを超えるくらいおいしいです
伊藤勝 店長:
今までできなかった、広島と近県の魚を使った料理を考えています。
再開できたとしても、まだコロナとの闘いはもう少し続きそうなので、僕ら飲食店もいろいろなところに挑戦していかないと生き残っていけない時代になっている
エキニシ地区の人たちの取り組みが、実を結ぶときが来た。
クラウドファンディングで集まった資金で、20個以上の消火器が設置されたのだ。
そして「えん」の建物もついに完成。
再スタートは大入り満員!常連客「大将を尊敬」
伊藤勝 店長:
うれしいですね、本当に。ここ(1階)だけは以前のままだとお客さんも安心するじゃないですか
火災からちょうど半年、「えん」はグランドオープンを迎えた。
久しぶりに鉄板と向き合う伊藤さん。そこには人と人とが支えあった半年間の姿があった。
常連客:
めっちゃうまい!
自分だったら立ち上がれないから、大将すごいなと思って尊敬しています。きょうは顔を見て帰ろうと思って
近くでバーを経営する伊藤さんの友人:
ずっと彼の姿を見ているじゃないですか、本当にいつも明るくて前向きで、こうやって今働いている姿を見るのが、感無量な感じです
待ちに待った再スタート。しかし、あまりのお客さんの多さに、伊藤さんは喜びに浸る間もない。
伊藤勝 店長:
疲れました正直…。久々にやって、あの頃を思い出しましたね、こんなだったのかと。
たくさんの人に支えてもらった半年間で、お店をやっていてよかったなと本当に思うし、これからも頑張ってやろうと本当に思った1日でしたきょうは
エキニシにまた1つ、あかりが灯った。
(テレビ新広島)