尊厳を奪われた遺体

早朝に目が覚めた時はスマホで新聞の電子版を読みながら時々Twitterをのぞく。ウクライナの首都キーウ近郊の都市ブチャなどでロシア軍が民間人を大量虐殺した疑いがあるというニュースは日本のテレビや新聞でも連日報じられているが遺体の映像は流れない。

ロシア軍に破壊されたブチャ市内
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ただ欧米のメディアは報道しており、それがTwitterに流れてくるのでつい目が行ってしまう。生存者のインタビューや記者の現場リポートなどを読んでいると気が滅入ってくる。道路のあちこちに放置された遺体。後ろ手に白い布のようなものでしばられて殺された人。尊厳を奪われた遺体を見るのは苦しい。

食欲がなくなり、その日の朝食はほとんど食べられなかった。あの遺体の映像が原因だと思う。ウクライナ危機が始まった時から戦争のニュースを見ることで強いストレスを受けることがある、という記事を読んだことがあり、確かに銃撃音を繰り返し聞くことはストレスになるだろうと思っていた。だが人の死を実際に目にすることはその比ではない。だから子供には絶対見せてはいけない、と思う。

戦争の実態は「死」

戦争や革命の取材で遺体を見たことはある。ただその時はアドレナリンがものすごく出ていたのか、意外に平気だった。30年前の話なので自分が若かったという事もある。ご飯もちゃんと食べられた。だが今回、平和な東京でスマホを見ながらリアルの戦争に接すると強烈なショックが襲ってきた。

ロシアの軍事侵攻に対しウクライナのゼレンスキー大統領は18歳から60歳の男性を出国禁止にする総動員令に署名し、国民に抵抗を呼びかけた。欧米を中心に多くの国がこれを支持し、戦闘には加わらないものの、武器の供与や人道援助、そしてロシアへの経済制裁などを行っている。

ウクライナのゼレンスキー大統領

しかし戦争の実態とは平和を許されている私たちが目をそむけている「死」そのものだ。

大量虐殺という非難に対しロシア側は「ニセの映像が拡散された」と反論している。日米欧などはロシアへの経済制裁の強化を検討し、日本の林外相は「ICC(国際刑事裁判所)検察官による捜査の進展を期待する」と述べた。しかし制裁の効果は限定的であり、ICCがプーチンに対してたぶん何もできないであろうことは誰もが知っている。

ウクライナに尊厳ある平和は来るか

米国やNATOが参戦して第3次世界大戦に突入する気がない以上、ウクライナの徹底抗戦でロシアがさらに退却した時点で、少しでもウクライナにとって有利な条件で停戦するしか我々には選択肢はないのだろう。

ロシア軍の攻撃を受けたブチャ市内

軍備管理の第一人者である一橋大の秋山信将教授は日本記者クラブでの会見(4月4日)で「この数日、目にした映像から影響を受けた」とした上で、「Peace in dignity」(尊厳ある平和)という言葉を使った。秋山氏はただ紛争が終わるだけでない、そこに住んでいる人たちの尊厳がある平和でなければならない、と訴えた。ウクライナに「尊厳ある平和」は来るのだろうか。

【執筆:フジテレビ 上席解説委員 平井文夫】

平井文夫
平井文夫


フジテレビ報道局上席解説委員。2020年4月から立命館大学客員教授。1959年長崎市生まれ。82年フジテレビ入社。ワシントン特派員、編集長、政治部長、専任局長、「新報道2001」キャスター等を経て現職。

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