作品を見るのではなく、触ることでアートを楽しもうというイベントが、3月に岡山市で行われた。
見えないからこそ、感じられる新たな感覚。
その先につながるものとは…。
このイベントで講師を務める、国立民族学博物館の准教授を取材した。

「目が見えてる人たちにこそ、触るという世界を伝えたい」

岡山県立美術館で開かれたワークショップ。
参加者たちは、暗い室内を前の人の肩や腕につかまり、一列になって歩く。

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粘土を使った作品づくり。
ただし、参加者は目隠しをしている。

国立民族学博物館・広瀬浩二郎准教授:
視覚に惑わされず、自分の感覚、自分の体内と対話をして作ってもらう。かえって視覚、見ることが邪魔になるという、視覚から離れる開放感。見る・見られるというところから自由になっていることを体験してもらいたい

こう話すのは、3月19日に岡山県立美術館で行われたワークショップで講師を務めた広瀬浩二郎さん(54)。
広瀬さんは東京出身で、13歳の時に病気で失明した。
盲学校を卒業後、京都大学から大学院まで進学、現在は文化人類学を研究している。

大阪にある国立民族学博物館。
世界各地の文化を研究し、日本における文化人類学の研究拠点となっている。

ここで准教授を務めている広瀬さん。
専門は接触、触ることを通じ、文化を理解しようという触文化論。

国立民族学博物館・広瀬浩二郎准教授:
目というのはすごく便利で、情報を得たり伝えるのが速いが、人間せっかく色んな感覚を持っているんだから、もっと色んな感覚をのびのび使ったら、発見もあるし気付きもある。目が見えてる人たちにこそ、触るという世界を伝えたい

こうした思いを形にしたのが、2021年秋に開催した「ユニバーサル・ミュージアム展」(誰もが楽しめる博物館)。
約280点全ての展示作品に直接触ることができるアート展となっている。

展示物の中には、天井から無数につり下げられた布をかき分けながら進むことで、全身で触り心地を感じることができる現代アートも。

表面がざらざらした動物のオブジェは、体内に手を入れると内側はつるつるしていて、不思議な感覚を味わえる。

触ることのできるホッキョクグマの像からは、石特有のひんやり冷たい印象を受ける。
顔の部分、口の中の歯などを触ると迫力を感じるが、おなかや足を触っていくと丸みがあって、優しさも伝わってくる。

作品というと正面から見るばかりになるが、触ると色んな角度から感じることができる。

「視覚を使わない」ワークショップ

コロナ禍で非接触が叫ばれる今だからこその思いが、広瀬さんにはある。

国立民族学博物館・広瀬浩二郎准教授:
長い人間の歴史は、ふれあい・接触することによって育まれてきたということがあるし、そこから新しい文化・コミュニケーションが育ってきたことがあるので、(コロナ禍で)全部、非接触・リモートでいいのか。そういうことを問いかける意味でも、ユニバーサル・ミュージアム、触るということを続けていかないといけない

その一環として、3月に訪れたのが岡山だった。

国立民族学博物館・広瀬浩二郎准教授:
(岡山は)点字ブロック発祥の地ですし、関西から広がっていくという意味では、岡山をステップにできるのは非常にありがたい。岡山から全国を目指したい

岡山県立美術館でのワークショップでは、9歳から44歳の5人が参加。
参加者は、何をするのか知らされていない。
ワークショップの会場の窓は暗幕で覆われており、参加者はアイマスクを着けて、さらに電気を消して、真っ暗闇の中で体験する。

視覚を制限した中で、まず出された課題は、粘土で中ぐらいの大きさの玉を作ること。
中ぐらいとは、どのくらいの大きさなのか。
見えないので、誰かと比較することもできない。
できあがったあと、ほかの人が作った玉を触ってみると。

参加者(女の子):
でっか。誰のこれ?形がきれい

そして次は、形のない死後の世界を表現する。

国立民族学博物館・広瀬浩二郎准教授:
死んだ人の霊と言っても怖いのかな、優しいのかな。あっちから見るか、こっちから見るかで、捉え方は変わってきます

大量の粘土を山のように積み上げたり、横に広げたり。
視覚に頼らず、自分のイメージを形にしていく。

参加者(女の子):
地獄をイメージしたので、大きい山にギザギザの刃を付けて

参加者(女性):
山の前に魂を置いた

参加者(男性):
細長い山を作って、その周りに幽霊がいる世界を作った

自分がどんなものを作ったのか最後まで見ないのも、このワークショップの特徴。
参加者からは、「暗闇は何も見えなくて怖いものだと思っていたけど、きょう体験して、意外とドキドキワクワクするんだなと思った」「目で見ない手の感覚や、耳で聞く音があって新しい感覚に気付けた」などの感想が聞かれた。

国立民族学博物館・広瀬浩二郎准教授:
障害がある人も視覚を使えないだけでなく、視覚を使わない生活をしている人たちなんだという理解が広がると、多様性を尊重することにつながっていけば、単なる美術館の体験が、子どもたちの生き方や、今後の進む道にもリンクしてくるのではという期待はすごく持っている

見えないからこそ感じることができるアートの世界。
視覚に頼らない経験は、障害への理解にもつながるはず。

(岡山放送)

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