ウクライナ情勢の混迷が続く中、中国の習近平指導部は静かにその行方を注視し、国益の確保を見据えている。ロシアの軍事侵攻は、今後の対米戦略や台湾統一に向けた格好の材料になるからだ。以下の点から中国の思惑、狙いを考察する。

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アメリカの力を削ぐ 敵の敵は“味方”

中国の一番の狙いはアメリカの影響力の低下だ。

国内メディアはロシアではなく、アメリカに批判の矛先を向けたものが多い。共産党系のメディア「環球時報」では、「アメリカはウクライナにベルリンの壁を作るべきではない」「アメリカは一方で中国に圧力をかけながら、一方で助けを求めるべきではない」といった社説が見られた。アフガニスタンからの撤退と合わせ、世界でのアメリカの存在感、影響力の低下を国内外にアピールしている。

環球時報の社説「ワシントン(アメリカ)は一方で中国に圧力をかけながら一方で助けを求めるべきではない」
環球時報の社説「ワシントン(アメリカ)は一方で中国に圧力をかけながら一方で助けを求めるべきではない」

ロシア寄りの姿勢を維持しているのも、アメリカを意識していることの表れだ。
戦争が長期化し、ロシアへの批判がさらに強まっているのは中国にとって想定外だと言えるが、アメリカに対抗するにはロシアと組んでおく方がいいというのが本音だろう。空母「遼寧」を購入し、巨大経済圏構想「一帯一路」のハブ的存在であるウクライナも中国にとっては大事だ。だが「いざという時に頼りにすべきがどちらかは明白だ」(日本大使館筋)との指摘にあるように、中国がプーチン政権の継続を望んでいるのは明らかだ。

中ロ首脳会談(2月)で両国は蜜月をアピール
中ロ首脳会談(2月)で両国は蜜月をアピール

ウクライナ侵攻は台湾統一の“ケーススタディ”?

ウクライナ情勢に関する中国の基本的な立場は以下である。

「領土保全の重要性、当事者同士の話し合いによる解決、人道支援」。

政治的に正しいこと、ポリティカル・コレクトネスを繰り返すばかりだ。王毅国務委員兼外相は「必要な時に、国際社会と共に仲介する」と発言したが、具体的な仲介の行動はなく、また今後もしないという見方が強い。仲介自体が難しいのと仲介によって中国が得をすることはないからだ。「中国にそのような能力はない」(中国外交筋)という声もある。中国が火中の栗を拾うことはなさそうだ。

王毅国務委員兼外相は「必要な時に、国際社会と共に仲介する」と述べた
王毅国務委員兼外相は「必要な時に、国際社会と共に仲介する」と述べた

「中国の一部である台湾と、今回の問題は全く違う」というのが中国側の主張だが、指導部の「核心的利益」でもある台湾の統一との近似性を指摘する声も多い。ロシアへの制裁はどの程度か、ロシアはどこまで耐えられるのか、その影響は……。中国とロシアではその経済規模は全く違うが、仮に台湾有事が起きた時の国際社会の反応を中国はわが身のこととして注意深く見ているはずだ。

陸続きのロシアとウクライナ、海を挟んだ中国と台湾。ロシアの軍事侵攻とその経過は中国にとって、台湾有事の際の戦力とそのシナリオの参考にもなるだろう。

中国海軍のフリゲート 海をはさんだ台湾への戦略は?
中国海軍のフリゲート 海をはさんだ台湾への戦略は?

最優先事項は「国内の安定」

秋の党大会で3期目を目指す習近平国家主席ら指導部にとって、国内の安定は最優先事項だ。

中国の国会にあたる全人代=全国人民代表大会の報告で李克強首相は「安定」という言葉を76回も使った。制裁に反対するのはロシアへの秋波だけでなく、安定の源泉でもある経済への影響を心配するからだという指摘もある。新型コロナの感染が拡大する中、ゼロコロナ政策と経済を含めた国内の安定を維持出来なければ、ウクライナ情勢どころではない。

李克強首相は政府活動報告で「安定」という言葉を76回使った
李克強首相は政府活動報告で「安定」という言葉を76回使った

北京五輪で人権問題などの批判にさらされてきた中国にしてみれば、今回の事態はその矛先がロシアに向かい、アメリカをはじめとする各国がその言動に注目し、国際社会での立場を相対的に高めた一面がある。国際世論に左右されず、中国は強かに国益を追求している。

習近平国家主席の思惑は……
習近平国家主席の思惑は……

【執筆:FNN北京支局長 山崎文博】

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。