過去20年最大の雪崩事故から5年

2017年3月27日午前8時30分過ぎ、栃木県那須町のスキー場付近にて登山講習会に参加していた県立大田原高校の山岳部員ら8人が雪崩に巻き込まれ亡くなった。

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過去20年で最大級の雪崩事故から5年の月日が流れた3月26日、栃木県と遺族会の合同による追悼式典が行われた。5年の節目を迎えるにあたり、雪崩事故で亡くなった奥公輝(まさき)さんの父親・勝さんが胸の内を打ち明けてくれた。

「仏壇にはまつれないんです」

3月23日、普段勤務する東京・霞が関の司法記者クラブから、栃木県内にある勝さんの自宅に新幹線で向かった。自宅にお邪魔すると、通されたリビングルームには亡くなった公輝さんの遺影と無数のデジタルフォトフレームが飾られていて、驚いた。

取材に応じる奥勝さん(23日 栃木・さくら市)

父・奥勝さん:(遺骨を)仏壇にまつるとかではなくて、リビングに置いて一緒に生活しているような形で今もいますし、これからもふん切りはつかないのでこのままかな。(デジタルフォトフレームで)一度見て泣いた写真というのは次見たときには泣かないぞと思えて、だんだん泣かない率が増えてきて、5年経ったら大分見られるようになりました。

写真をよく見ると、そのひとつに、公輝さんの応援団の練習風景があった。

父・奥勝さん:私にとっては山岳部の公輝というよりも応援団の印象が強い。山のことは話すことがなかったのですが、応援団はいろいろ厳しかったようでたくさん話してくれました。優しい子で応援団に入るような子ではなかった。応援団に入ると聞いたときは驚きましたし、今でも理由がよくわからないです。でも、親と違うところに興味を持ってくれたことが本当に嬉しかった。

愛する息子の写真を見ながら嬉しそうに語ってくれた勝さんの姿に、5年という月日の長さをたしかに感じた。

「これは執念ですね」事故を風化させたくない

奥さんは3年ほど前から雪崩事故を広く知ってもらおうと、YouTubeの動画や、雪崩事故が具体的に理解できるパソコンのソフトを自力で作り、公開している。

父・奥勝さん:納得出来ないですよね。自分で消化出来てないです。息子の事に関してはやっぱり中途半端においておくわけにはいかない。何年か経って何であの時疑問に思ったのに何もしなかったんだろうと後悔はしたくなかった。執念ですね。

勝さんは、雪崩事故が具体的に理解できるパソコンのソフトを自力で作り、公開している。

動画には雪崩事故の解説や事故当時の各班の動きがわかりやすくまとめられている。息子はどうして事故に遭ったのか。なぜ防げなかったのか。そうした思いに突き動かされ、半年以上かけ「Nasu 3D」というソフトを作った。あの日、息子は何を見たのか。このソフトで、雪崩事故当日の景色を被害者目線で追体験することが出来る。

父・奥勝さん:(大田原高校では)元通りの学校生活に早く戻そうって、そればっかり言われて。再発防止策とかおざなりになっていて、事故がなかったことにされそうな恐怖をものすごく感じた。しっかりと事故の記録を残していけば、再発防止策を作るための駆動力になるのか。

事故によって失われた日常を取り戻すためには、「忘れる」ことは否定されることではないだろう。ただ、「忘れない」ことの大切さを、残された遺族の1人として勝さんは教えてくれた。同じ事故を繰り返さないために、私たちはこの事故を忘れてはならないと思う。

引率3教師の刑事責任を問うということ

2022年2月10日、雪崩事故当時、高校生を引率していた教師3人が業務上過失致死の罪で在宅起訴された。

事故発生から、起訴までに5年近い月日が流れた。3人は、雪崩による安全確保の情報収集を怠り、漠然とした計画で登山講習会を開き、高校の生徒ら8人を死亡、5人に全治およそ3週間のけがを負わせた罪に問われている。

勝さんは、5年前の雪崩事故は「人災だ」と訴えている。

父・奥勝さん:事故は自然災害でも何でもなく雪崩が起きる場所にわざわざ連れて行かれた人災だと思っています。もし起訴されなかったら、教訓どころか今後教育活動の中で安全を軽視するための免罪符になってしまう。それだけはどうしても許せなかった。

勝さんが訴える「再発防止」のためには、教師の刑事責任を問うことが必要だったという。私には、起訴を受け、勝さんが少し安堵しているように見えた。

「那須雪崩事故を忘れない」刻み込まれた言葉

追悼式にあわせて慰霊碑が大田原高校に建立された。そこに刻む込まれた言葉は、「那須雪崩事故を忘れない」遺族たちの切実な思いだ。

26日、大田原高校では、追悼式が行われた。

父・奥勝さん:高校に赴任してくる先生に特に慰霊碑を見て、こんな事故があったと胸に刻んで頂きたい

“二度と同じ事故を繰り返してはいけない”という強い決意で、勝さんは今も発信を続けている。この事故を「忘れない」。1人でも多くの人に勝さんの思いが届き、二度と事故が起きないことを願うばかりだ。私も取材を通じて改めて胸に刻み込んだ。

(フジテレビ社会部・司法クラブ 森将貴)

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