殺害の動機は「煩わしくなった」
2014年、川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で、入所者の丑沢民雄さん(当時87歳)・仲川智惠子さん(当時86歳)・浅見布子さん(当時96歳)の3人がベランダから転落し、死亡した。事故死か自殺か、それとも・・・。
神奈川県警が様々な可能性を視野に入れて捜査する中、当時3人が死亡した時間帯に“夜勤職員”として、勤務していた一人の男が浮かび上がった。男の名前は今井隼人被告(29歳)。

事件が動いたのは、2016年2月15日。任意の事情聴取を受けた今井被告が「3人は僕が殺しました。理由は、僕が殺そうと思って殺しました。そこが事実です」と殺害を認める一連の供述を始めたのだ。
今井被告:会話が通じない、声を荒げるということがあった。事件の日に当直に入るにあたって、そういうことが煩わしくなった(精神鑑定書より)
FNNが入手した「精神鑑定書」に記載された事情聴取の内容には、今井被告が、入居者の暴力的な態度があったなどを挙げ、「またこんな人が入ってきたのかという気持ちがありました。だから殺したいという気持ちがありました」と殺意について自ら進んで説明する様子が、生々しく記されている。


一転、無罪主張も 一審で死刑判決
神奈川県警は、防犯カメラなどの直接証拠がない中で状況証拠を積み上げ、3人が転落した時間帯に勤務していた今井被告の犯行と特定。翌16日に丑沢民雄さんに対する殺人容疑で逮捕した。その後、仲川智惠子さん・浅見布子さんに対する殺人容疑でも逮捕を重ねた。
しかし、“犯行の自白”からほどなくして黙秘を始めた今井被告は、一審の横浜地裁の初公判では「何もやっていません」と一転して無罪を主張。その後、2018年3月22日に一審の判決が言い渡された。

横浜地裁は「まるで物でも投げ捨てるかのように転落させたものであって、人間性の欠片も窺えない冷酷な犯行態様」と指摘。また「罪を逃れるだけの不合理な弁解に汲々としており、反省の態度は微塵も窺えないのであって、更生の出発点にも立ち得ておらず、更生の可能性を期待できる事情は乏しい」と断じ、今井被告に死刑判決を言い渡した。
「焦り」「恐怖感」 心情が垣間見えるも“無罪主張”は崩さず
今井被告に最初に面会したのは、横浜地裁で死刑判決が言い渡されてから約4年の月日が経った2022年2月18日。二審の審理を終え、約3週間後には判決の言い渡しが迫っていた。
東京拘置所の職員に連れられながら、緑色のトレーナーの上に黒色ジャケットを羽織って姿を現した今井被告は、逮捕時よりも少しふっくらした印象を受けた。ゆっくりと着席すると、慣れた様子で「今井です、今日はありがとうございます」と淡々とした口調で挨拶した。

約3週間後に迫っていた判決言い渡しについて、「焦りもあります。恐怖感もあります」と、少し表情を強ばらせながら心境を明かした上で、「完全にやっていないことですから、濡れ衣を晴らすことが命題です」と訴えた。
今井被告は、警察の取り調べで、3人の殺害を自白し認めていたはずだが、なぜ“濡れ衣”と主張するのか。記者との面会の際、次のように話した。
今井被告:マスコミから家族を守るために虚偽の自白をし、仮にやっていたらという前提で想像で補って話しました



自白をした事実は認めたものの、あくまで“虚偽の自白”であるとのこと。亡くなった3人について、今改めて何か話すことはないかと問うと、どこか他人事のように、こう続けた。
今井被告:転落が原因でなくなったことは推認でき、真相は闇の中で僕にもわかりませんが、一施設の職員として防ぎきれなかったことは申し訳ないと思っています。
複数回の面会を重ねたが、一貫して無罪を主張し続けた今井被告の口からは、最後まで事件の詳しい状況について語られることは無かった。
再び“極刑”判決も「負けたとは思っていません」
二審の東京高裁判決は、2022年3月9日に言い渡された。裁判長は証言台に立つ今井被告に対して、まず主文を後回しにすることを告げ、量刑理由などを読み上げた。

裁判長:被害者は3人にものぼり、殺意は強固で、老人ホームの職員である立場を利用した犯行の悪質性は際立っている。
自白の信用性については一審と同様に認定し、動機についても「日々の業務の鬱憤(うっぷん)を、入所者の言動を契機に高じさせた」と指摘した上で、「極刑をもって臨むことはやむを得ない」と断罪した。
そして一審判決を支持する形で、今井被告に再び死刑判決を言い渡した。判決言い渡しの最中、今井被告は動揺した様子を一切見せず、裁判長の方をただまっすぐ見つめていた。

今井被告:主張が受け入れられなかったのはショックですが、負けたとは思っていません。僕は今後も徹底的にやりますよ
判決翌日の面会でも強気な姿勢を見せた今井被告は、“宣言通り”にその後、3月18日付で上告をした。今井被告が主張する“無実”を巡っては、今後、最高裁に審理の舞台が移される。
(フジテレビ社会部・司法クラブ)