2022年4月から施行される改正育児・介護休業法では、「産後パパ育休」など男性の育児休業取得の支援項目が盛り込まれ、2020年時点で12.65% の男性育休取得率は、政府が2025年までに30%、東京都が2030年までに90%を達成する目標を掲げている。

東京都が2022年2月8日に開催した「ライフ・ワーク・バランスEXPO東京2022」では、最も忙しく代わりがきかない職業の一つとされている男性アナウンサーが、自身の育休取得の経験についてパネルディスカッションを行った。

登壇したのは、フジテレビ榎並大二郎アナ、テレビ朝日板倉朋希アナ、TBSテレビ蓮見孝之アナの3名。榎並アナは、第1子誕生の際に2週間、板倉アナは、第2子誕生の際に1カ月、蓮見アナは第3子誕生の際に3週間育休を取得した。

レギュラー番組を担当している多忙な現役のアナウンサーが一体どのように育休を取得したのか、何を感じたのかなど、赤裸々に語った。

このほか2カ月の育休を2回取得した経験のあるメルカリの小泉文明会長、男性育休の周知義務化の法改正を政府に働きかけてきたワーク・ライフバランス社の小室淑恵社長が登壇した

左から 小泉文明氏(メルカリ取締役President) 蓮見孝之氏(TBSテレビアナウンサー)板倉朋希氏(テレビ朝日アナウンサー) 榎並大二郎氏(フジテレビジョンアナウンサー)小室淑恵氏(ワーク・ライフバランス代表取締役社長)
左から 小泉文明氏(メルカリ取締役President) 蓮見孝之氏(TBSテレビアナウンサー)
板倉朋希氏(テレビ朝日アナウンサー) 榎並大二郎氏(フジテレビジョンアナウンサー)
小室淑恵氏(ワーク・ライフバランス代表取締役社長)
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育休取得を表明したときのまわりの反応は?

多忙な男性アナウンサーが育休取得をすることに関して、まわりの反応はどのようなものだったのだろうか。

榎並アナ:子どもができたことを報告したところ、上司から「育休は取らないの?」と聞かれて初めて育休取得を検討し始めました。育休をとることを公言したところ、実はまわりにも取得経験のある男性が、たくさんいたことがわかったんです。

上司からの言葉で育休取得を決意したという榎並アナウンサー
上司からの言葉で育休取得を決意したという榎並アナウンサー

板倉アナ:まわりの方は育休取得を好意的にいいじゃんと言ってくださいました。人事の担当が育休取得経験のある男性で丁寧に説明してくれました。

蓮見アナ:第1子が生まれた12年前は男性育休が一般的でなくて、とるオプション自体を考えなかったのですが、2年前の第3子誕生で男性育休をとったときには、取得しづらいということはなかったです。

育児休業は「休暇」じゃない!休み中には不安も

育休中の体験談の中では、サポートではなくメインで育児に関わることで、多くの気づきがあったという話を聞くことができた。

榎並アナ:育児の大変さもありますが、家事を並行してやらなければいけないところがあって、ワンオペ育児は恐ろしいものだと感じました。自分のことは二の次で食事もままならない、子どもをお風呂に入れても自分が入れていない状態なので休めていない。事前に見聞きしていた情報よりも大変だということを実感する日々でした。

また、たった2週間でも社会からの孤立を感じました。外に出ない、テレビを見ると代役の後輩がちゃんと番組をやっていて、自分がいなくても社会がまわっているんだなと、さみしさを感じることもありました。復帰してからも、まわりの会話のテンポが速過ぎて入れなかったという浦島太郎体験をしました。

また、2週間の育休でも不安だったので、長期になるとお金やキャリアの不安は計り知れないところがあると感じました。フジテレビでは、育児時短をとっていることを理由に評価を下げてはいけないと評価者のルールに明記されていて、不安の解消につながっていると思います。

板倉アナ:朝食準備から、おむつ替え、長男の世話、食器洗い、洗濯、出かける準備、長男の送り迎え、洗濯物たたみ、習い事、病院、お風呂、掃除、寝かしつけ、夜中の2、3時間ごとのおむつ替えと、家事育児の中心になると座ることもできない。常に何かに追われている状態で、家事育児がこんなに大変なことだとは思いませんでした。

24時間言葉のわからない子どもと向き合うこと、寝不足も精神的にくるものがありました。ただ、長男との絆が深まり、妻を思いやる気持ちが大きくなりました。

「家事育児がこんなに大変なことだとは思いませんでした」と心境を吐露する板倉アナウンサー
「家事育児がこんなに大変なことだとは思いませんでした」と心境を吐露する板倉アナウンサー

蓮見アナ:家事育児は対価が支払われず、評価を受けるものではありません。男性の育休は珍しいので、こうやってとりあげてもらえるけれど、女性が誰にも知られず家の中で淡々と家事育児をすることが孤立感を生むと感じました。たった3週間の育休でも職場復帰を怖く感じたので、1年など長く育休を取る女性の大変さを感じました。

代役、評価、雰囲気・・・男性の育休取得のハードルを解消するには

会社で育休を取得する上でのハードルとなるものは何なのだろうか。また、解決策の提言にはどのようなものがあるのだろうか。登壇者の意見が交わされた。

榎並アナ: 自分が育休を取得するきっかけは上長からの後押しだったので、そこに尽きると思います。いくら制度が充実していても使いづらかったら使えない、まわりが使っていなければ使いづらい。4月の法改正で、企業が個別に男性に育休取得の意向を確認することが義務化される、ということは本当に大きいことだと思います。男性育休をとる人が増えたらそれがスタンダードになると思います。メディアに属する一員として、微力ですけれど発信していければと。それが使命だと考えています。

板倉アナ:一番は職場の雰囲気、上司の理解につきると思います。制度は充実していきますが、職場で共通の理解にならないとダメなんだろうなと思います。アナウンス室では初でしたが、社内でほかの部には育休取得者いたので、社内でのハードルはそこまで高く感じなく、上司に相談したところ快諾してくれました。

ただ、仕事に穴をあけてしまうときのフォロー体制への不安、また育休取得者本人に心苦しさがあるのが大きいのではないかと思います。僕も代役の調整に苦労した部分があって、申し訳なさがありました。そんなときに、代役をしてくれた先輩から「仕事は気にせずしっかり育児してこい」と言われて、心が本当に軽くなりました。取得者への声がけは大事だと思っていて、僕はそういう一言をもらえたからこそ、育児も復帰後の仕事ももっとがんばろうと思うことができました。

蓮見アナ:私は育休のとりにくさを感じなかったんですが、もし制度があっても取りづらいということがあるとしたら、公私混同化を企業の中で進めていくといいと思っています。私の場合、常に同僚に家族の話をしていて、家族を大切にしている印象をもってもらっていたので、育休を取りたいと言ったときに驚かれなかったんだと思います。育休中に10人弱のアナウンサーにカバーしてもらったので、誰かに負担が行っているところへの感謝を常に感じながら働かせていただいています。

「公私混同化を企業の中で進めていくといい」と語る蓮見アナウンサー
「公私混同化を企業の中で進めていくといい」と語る蓮見アナウンサー

小室氏からは、「代わりがきかないとされるアナウンサーという職業でも一般の職場でも、誰が休んでも大丈夫な体制にしていないといけないことは、新型コロナのまん延でみんなが痛感しているところだ。コロナを教訓として一つ乗り越えた先には、人が入れ替わってもチームとしてアウトプットを落とさないような働き方改革をしていくのが必要。」「不妊治療や介護など様々な事情の中で、育児だけが優遇されるということになってしまわないように、互いのライフをオープンにしあえる心理的安全性が必要。」というコメントがあった。

「互いのライフをオープンにしあえる心理的安全性が必要」と話す小室氏
「互いのライフをオープンにしあえる心理的安全性が必要」と話す小室氏

男性育休がもたらすビジネスへの成果

対談の中で、男性育休がもたらすビジネスへの成果のヒントになる、興味深い話を2つ聞くことができた。

対談の後半小室氏から、2021年8月に千葉県柏市に住む妊婦が新型コロナで自宅療養中、入院先が見つからないまま自宅で出産し、新生児が死亡したニュースを報じた番組内で榎並アナが涙を流した件に関して、どんな気持ちだったのか質問があった。

榎並アナ:その頃まさに自分が同じ境遇で、コロナ禍で身重の妻が家にいて、ワクチンを打てるタイミングではなく、リスクがある中自分が外で仕事をしている、本当に無事に生まれてきてほしいと思っているところだったので、不体裁をしてしまいました。自分はスタジオで言葉に詰まってしまったので何も伝えられなかったんですが、言葉にできなかった思いが伝わって、くみとってくださった方も多くいらっしゃるようなので、反省して怪我の功名となれば幸いだと思っています。

個々人のライフでの気づきやライフの充実による成果は企業にももたらされる
個々人のライフでの気づきやライフの充実による成果は企業にももたらされる

小室氏からは「男性が育児にコミットすることで、ニュースを扱う上でもこれだけスタンスが変わる。このことは本業、ビジネスでの成果だったと私は思っています。一番伝わったと思います。」とのコメントがあった。

また、小泉氏からはメルカリで「女性は産前10週産後6カ月、男性は産後8週間給与100%保証」など、柔軟な制度を多く設けている理由に関して、「一人一人の居場所があるような制度を作って会社が社員を支援し、社員のモチベーションが上がることが、業績につながると考えている。それも短期で返してもらおうとは思っておらず、長期視点で考えている。みんなで支え合って助け合うことに、会社でやっている意味があると思っている。」とコメントがあった。

「一人一人の居場所があるような制度を作ることが大切」と語る小泉氏
「一人一人の居場所があるような制度を作ることが大切」と語る小泉氏

個々人のライフでの気づきやライフの充実による成果が、取得した本人のみならず、企業側にももたらされるという話が印象的だった。男性の育休取得が、取得した社員に新しい視点や価値観をもたらしたり、社員のモチベーションを大きく上げたりすることが業績につながるとすれば、会社や社会にも大きなプラスになるのではないだろうか。

男性アナウンサーの男性育休取得と発信は、間違いなく男性育休が普通のことになることの一助になるはずだ。

イベントの動画は、「ライフ・ワーク・バランスEXPO東京2022」のサイトで2022年2月28日まで動画で配信されている。

(関連記事:小さな命を守り続ける...榎並大二郎アナウンサー“心配だらけ”の育休日記

【執筆:フジテレビ ニュース総局メディア・ソリューション部 岸田花子】

岸田花子
岸田花子

フジテレビ ニュース総局メディア・ソリューション部。1995年フジテレビ入社。技術局でカメラ、マスター、システムなどを経て現職。注目する分野は、テクノロジー、働き方、SDGs、教育。