政権への教育「改革」提言

「教育格差」とは、子供本人が選ぶことのできない初期条件である「生まれ」によって学歴など教育の成果に差がある傾向を意味する。「生まれ」を示す指標として国内外で広く使われているのは保護者の学歴、収入、職業などを統合した社会経済的地位(Socioeconomic status、以下SES)である。

教育格差の一部である「子どもの貧困」が話題になった2000年代以降だけではなく、出身家庭のSESによって最終学歴に差がある傾向は戦後に育ったすべての世代において確認されてきた(データは拙著『教育格差(ちくま新書)』を参照)。また、近年の国際比較が可能なデータによれば、出身家庭のSESと学力や学歴の関連度合いは、他の先進諸国と比べて平均的に過ぎない。日本は国際的に「凡庸な教育格差社会」なのだ。なお、出身家庭のSESに加えて出身地域と性別も重要な「生まれ」となっている。端的に言えば、学歴達成という観点では、高SES家庭出身(保護者が高学歴・高収入・専門職)、大都市部出身、男性であると有利で、低SES家庭出身、地方出身、女性だと不利なのが日本社会である。

では、「生まれ」によって子供たちの可能性を制限しないために私たちは何をすべきだろうか。

「改革」提案1:データによる実態把握

1)教育行政による調査設計の改善

病気の「診断」が適切でなければ治療法を選ぶことすらできないはずだが、日本の政治と教育行政は積極的に実態把握をしてこなかった。教育は誰もが何らかの経験を持っているので持論を展開し易いが、日本全体に影響する政策を決めるためには、視界に入る一部のエピソードではなく全国の実態を把握する必要がある。

文部科学省は様々な調査を行っているが、政策立案に役立つ分析が可能なデータは多くない。たとえば、毎年、教職員の精神疾患による病気休職者数が発表されるが、これは都道府県や政令指定都市といった広域の教育委員会が集計した値をまとめているだけの調査(「公立学校教職員の人事行政状況調査」)に基づいている。よって、わかることは、日本全体で5180人の休職者が出たこと(令和2年度)、それに、性別、年齢層、都道府県などの大きな区分別の数値に留まる。この調査結果を踏まえて、直近3年度分の報告概要には勤務時間管理の徹底の推進など同じような「規範的」な対策が並んでいるが、どの対策にどの程度の効果があったのかは検証されていないようであるし、過去10年、病気休職者数はあまり変わっていない。

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実際に精神疾患による病気休職者数を減らす施策を模索するためには、詳細な実態把握を可能とする調査設計が求められる。休職者数については人事権を持つ教育委員会が回答するにしても、各学校の休職者情報を学校コードで紐づけ、他調査の学校単位のデータと共に分析すれば、どのような特徴を持つ学校だと教師が休職になりやすいのかといった分析が可能となる。

そのためには、各教育委員会が集計値を報告する設計の他調査も(分析がすぐに可能なように整理された)学校単位のデータにすべきである。校長や教師といった個人単位のデータを各学校の特徴を示す情報と共に分析するほうが望ましいが、まずは定期的に行っている調査をすべて学校単位に整理することから始めるべきだ。コロナ禍によってICT(情報通信技術)が普及したので、現場の負担を最小化した形で定期的な追加の学校調査を行うことも可能となった。

調査単位を教育委員会単位から学校単位にする。その際、意味のある調査設計にするために研究者から専門的助言を受ける。すでに学校単位で回収している調査は学校コードを用いて他調査のデータと接続する。これらの整備作業を行う人材の確保、多くの研究者を巻き込んで継続的に分析する体制の構築、それらを維持するための安定した予算の確保が必要である。令和3年度補正予算と4年度予算案に記載されている関連事業では人材と予算などの観点であまりに不十分であるので早期の拡充が求められる。

2)教育格差のメカニズムを踏まえた政策提案を行う

日本の教育政策の議論に欠けているのは、全国を俯瞰したデータによる実態把握だけではない。「生まれ」によって学力や最終学歴に差がある教育格差のメカニズムに対する理解も不十分である。

たとえば、先の衆議院選挙における各政党の政策提案の大半は、総じてお金「だけ」を格差の原因として問題視しているように見える。しかし、拙著(『教育格差(ちくま新書)』)でデータを示したように、義務教育段階であっても、出身家庭のSESによって子供が大学進学を望んでいるかどうかに既に差がある。もっとも、不利な「生まれ」(低SES家庭出身、地方出身、女性)でも何らかの理由で進学を志す子供たちはいるので、学費の無償化などの経済的障壁を下げる政策は重要である。しかし、意欲のある子供への経済的支援だけでは、不利な「生まれ」を背景にして進学をそもそも選択肢に入れていない子供たちを助けることにはならない。

各政党の政策案「だけ」では、戦後ずっと続いてきた教育格差という大きな傾向が変わることは期待できそうもないのである。教育格差の是正を目指すのであれば、たとえば、小中学校の段階で学習意欲を失う不利な「生まれ」の子供たちに対する学習や生活支援などが政策として提案されるはずだ。

新設された教育未来創造会議担当室

「改革」提案2:効果のある教育政策と教育実践の模索

日本の教育行政は基本的に「やりっ放し」である(詳しくは拙編著『教育論の新常識(中公新書ラクレ)』参照)。全国を俯瞰できるデータによる実態把握が弱い上、教育政策と教育実践の社会科学的な効果検証はほとんど行われてきていない。今までのように文部科学省が「規範」や効果のありそうな好事例(モデルケース)を教育委員会や学校に周知し続けたところで、明確な結果が出ることは期待できない。

たとえば、教師は長時間残業を減らすべきという「規範」を示したところで教師の仕事量が減るわけではない。また、学校の取り組みの好事例(らしきもの)を提示したところで、様々な特徴が異なる他校でそのまま実施できるのかは疑わしいし、それらはそもそも喧伝される効果がない取り組みかもしれない。このような「通知行政」でもうまく機能した(ように見える)事例は存在するだろうが、「今までのやり方」の焼き直しで、日本全体で明確に教師の残業時間が減るという結果が出るのだろうか。

教育未来創造会議(2021年12月27日)

今まで何度も教育「改革」が叫ばれてきたが、「教育格差」は戦後に育ったすべての世代で確認されてきたし、子供の学力も大きく向上したとは言い難い。たとえば、小中学生や高校1年生の学力の平均値は経年比較可能な国際学力調査結果を10年や20年という期間で見てみると大きく上がってきたわけではない(少し下がった分野もある)。

どのような教育政策と教育実践に効果があるのかを検証せずに、「よさそうなこと」を行なっているだけなので、これらは不思議な現象ではない。不利な「生まれ」の層に何が効くかが十分にわかっていないだけではなく、学力の平均値を大きく上げる知見もないし、学力上位層をさらに伸ばす効果のある教育手法が実証されているわけでもないのである。効果検証をしない「今までのやり方」であれば、科学的に効果が裏付けられていない健康法に依存しているのと変わらないのである。

どのような教育政策・教育実践であれば、どの層に対してどの程度の効果があるのか検証を繰り返し、知見の蓄積をするサイクルを確立する必要がある。すべきことは多いが、まずは今後効果検証を行う象徴として、不利な層(低SES家庭出身・地方出身・女性)を引き上げる方法を模索するために、大規模なランダム化比較試験を行うことを提案したい。学習だけではなく、食事や運動など包括的な支援を行うことで、学力や進学だけではなく様々な観点で不利な層を短期だけではなく中長期的に望ましい方向に導くことになると考えられる。予算を組んで適切な介入をすれば実際に結果を出せるという経験を日本の政治と教育行政が持つ前向きな機会になるはずだ。

教育未来創造会議であいさつする岸田首相(2021年12月27日)

「改革」提案3:教職課程で「教育格差」を必修化

もう一つの「改革」案は、教職課程における「教育格差」の必修科目化である。戦後ずっと教育格差社会であり、「子どもの貧困」が政策課題として取り上げられるようになって10年以上経つにも関わらず、拙著(『教育格差(ちくま新書)』)にデータを示したように大半の教職課程で十分に教えられていない実態がある。平均的に高SES家庭出身で大卒となり学校に忌避感を覚えず教職を選ぶ層は、恵まれない家庭の子供と同じ経験を持たない傾向にある。不利な「生まれ」の子供たちが、どのような経験を重ねて学習や進学に困難さを感じるようになるのかを知ることは、教師として子供たちに伴走する際の手助けになるはずだ。

必修科目としての「教育格差」は、データと研究知見に基づいて教育の役割を再認識する機会にもなると考えられる。日本が教育格差社会であり、「生まれ」によって子供たちの可能性が制限されている実態を学ぶ過程で、教職、学校管理職、教育行政職こそが子供たちの可能性を開放する役割を担っていることを理解できるはずだ。

では、教職課程で必修科目としてどのような内容を扱うべきなのか。この問いに具体的に回答するために、構想5年をかけて共編著『現場で使える教育社会学:教職のための「教育格差」入門』(ミネルヴァ書房)を刊行した。私を含めた16人の教育社会学者がそれぞれの専門を活かして可能な限り分かりやすくまとめたので、教職課程の学生のみならず、現役教師を含む教育に関心のあるすべての人にご一読願いたい。

2022年を歴史の転換点とするために

一人ひとりが「生まれ」に関わらず可能性を追求できる社会にするためには、まず、今までの教育政策に「(大きな)問題はなかった」という認識を改めるところから始める必要がある。社会全体としては「今までのやり方」で教育格差社会であることを変えられなかったし、学力の平均や上位層を大きく引き上げることもできてこなかった。「そんなもんだ」と諦めるのであれば、子供たちの可能性をあまりに低く見積もりすぎていないだろうか。私たちは社会全体としてもっとできるはずである。

結果を出したいのであれば「今までのやり方」を変えなければならないが、改革を叫ぶだけでは今までの議論の劣化コピーになりかねないことには注意したい。昨今の大学入試改革のような現状認識の粗い思いつき教育論が無用に現場を疲弊させたことは記憶に新しい。データと研究知見を踏まえない教育論はそろそろ過去のものとすべきだ(詳しくは19人の研究者と3人の文部科学省の若手官僚による拙編著『教育論の新常識(中公新書ラクレ)』参照)。

まっとうなデータで現状把握せずに政策を決め、効果を検証しない「やりっ放し教育行政」を変えることこそが「改革」なのである。完全な教育政策などなく、すべては試行錯誤の過程であることを前提とし、知見を蓄積して少しでも次の政策を改善するサイクルをまわす必要がある。

この改革を実際に行うためにすべきことは多いが、まずは若手官僚の離職と国家公務員総合職の採用倍率の低下を抑えなければならない。今のように人材と予算が不足したままであれば、調査設計を改善して学校単位のデータを整備し研究者と連携して継続的に政策に活かす分析を出すことはできないだろうし、教職員の精神疾患による病気休職者数への対応のように、実際に効果があるのかわからない対策を羅列する以上のことは現実的に難しいはずだ。同様に、定期的にまっとうな調査を行い、データを整備するための人材と予算を大幅に増やさなければならない。

データに基づいた日本全体の実態把握と効果検証を繰り返すことで、実際に少しずつ改善したという成功体験を社会として積み重ね、教育政策議論の質を少しずつ高めていく。教職課程で「教育格差」を必修化し、次世代の教師が社会の現実と教育の役割を認識する。これらの「改革」によって、子供たちの可能性が「生まれ」で制限されない社会に向かう転換点が2022年であったと歴史に記録されるようになることを願う。

【執筆者略歴】
松岡亮二(まつおか・りょうじ)
ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、同大学准教授。
東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)、早稲田大学リサーチアワード<国際研究発信力>(2020年度)などを受賞。
著書『教育格差:階層・地域・学歴(ちくま新書)』は、1年間に刊行された1500点以上の新書の中から「新書大賞2020(中央公論新社)」で3位に選出された。13刷・5万5000部突破(2022年1月時点)。編著に、中村高康・松岡亮二編著『現場で使える教育社会学:教職のための「教育格差」入門』と松岡亮二編著『教育論の新常識-格差・学力・政策・未来 (中公新書ラクレ)』などがある。

松岡亮二
松岡亮二


著書『教育格差:階層・地域・学歴(ちくま新書)』(https://www.amazon.co.jp/dp/4480072373)は、1年間に刊行された1500点以上の新書の中から「新書大賞2020(中央公論新社)」で3位に選出された。13刷・5万5000部突破(2022年1月時点)。編著に、中村高康・松岡亮二編著『現場で使える教育社会学:教職のための「教育格差」入門』(https://www.amazon.co.jp/dp/4623092607)と松岡亮二編著『教育論の新常識-格差・学力・政策・未来 (中公新書ラクレ)』(https://www.amazon.co.jp/dp/4121507401/)などがある。

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