1kmにわたる1000本もの桜トンネル

冬の寒さに耐えた桜は、春の暖かな陽に照らされるといっせいに花を咲かせる。

咲く前の権現堂堤の桜
咲く前の権現堂堤の桜
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埼玉県幸手市の「権現堂堤の桜」は、約1000本ものソメイヨシノが1キロメートルにわたり咲き誇り、桜と広大な菜の花畑が織りなす黄色とピンクの春色の二重奏が美しいコントラストを描き出す。

「権現堂堤の桜」は大正時代から賑わい、有数の桜の名所として知られていたが、昭和20年燃料が不足した終戦前後には、ほとんどの桜が切り倒された厳しい時代があったという。

昭和8年ごろの権現堂桜堤
昭和8年ごろの権現堂桜堤

昭和24年、権現堂堤の桜を愛する地元の人たちによって植樹され、今では花見のシーズンだけでも100万人を越える人が訪れる関東有数の名所となった。

10日間の花見のために365日の努力

桜といえばお花見。

写真を撮ったり、家族や友人とお弁当を食べたり、散歩をしたり、楽しみ方はいろいろある。

権現堂堤のお花見を楽しめるのはおよそ10日間。その日のために365日通い、桜を陰で支える人達の姿があった。

保存会理事長 並木克己さん
保存会理事長 並木克己さん

幸手市権現堂桜堤保存会理事長の並木克己さん(74)は、「この土手には子供の頃からの思い出がたくさん詰まっている。土手で遊んでいた、いや、遊ばせてもらった。ガキ大将がそのまま大人になったんだ」と笑いながら語ってくれた。

保存会を立ち上げた理由については、「物心ついたときからここにいて、やっぱりここが好きなんだよな。好きだからこそ残そうと思い保存会を立ち上げた。何度も壁にぶち当たり、その都度仲間と協力して乗り越えてきた」と話した。

そして将来については、「土手は母のような存在、子供の頃のように川を蘇らせ、カエルや小魚、ホタルが棲める場所に蘇らせたい」、そして、「自分のような未来の大人ガキ大将を探している」と話した。

悩みに悩んだ「桜まつり」の開催

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、桜まつりなどの中止が各地で続いている。

桜シーズンだけで100万人以上が訪れる権現堂も、まつり開催の是非に揺れ動いていた。

桜が散った去年の春から開花までの365日、桜の幹や傷口に薬を塗り、子供がけがをすることがないよう目の高さの枝を処理するなど、毎日一本一本丁寧に見て保護している。

枝打ちする保存会のみなさん
枝打ちする保存会のみなさん

桜まつり実行委員長も務める並木さんは土手に通いながら、中止するかしないかの決定に悩んでいた。

並木さんは、「皆で大事に保護してきた、だから綺麗に花が咲いてくれる。それを皆さんに見てもらいたい」としながらも、「心配はある。マスクと手洗い消毒、そういった予防策しかないからいつまで続くかだ」、「やめたとしても人は来てしまう。やらないとパニック、やってもパニックになる」と悩んだ。

開花までおよそ1ヶ月となった2月下旬、開催の是非を決める協議が行われた。

協議の結果、桜まつりの中止が決定された。

並木さんは、つぼみがつき始めた桜の木を眺めながらこう話してくれた。

「いつでも迎える準備はして期待していたけど残念、花を咲かせるには1年間の皆(保存会)の努力があるから、わずか10日ぐらいしかないけれど皆さんに見に来てもらいたいと思っていた。」

「今年も綺麗に咲いてくれると思うんだけど・・・こう言う状況なので、ただ散策して見てもらうっていう感じで、こられない方は気の毒ですが、来年楽しみにしてもらえればと思います。」

自粛を促す看板を設置しながら並木さんは、「今年はお酒を飲んで宴会するのは自粛してほしい。花を見てもらうだけなら問題ないと思うんだけど・・・」と浮かない表情。

中止の看板付けや、呼びかけ放送といったことをボランティアと協力し合って対応していくという。

「まつりが中止になっても花は咲く。花は人を呼ぶ」

「花は人を呼ぶ」保存会の方の言葉だ。

権現堂堤の満開の花を見れば、誰もがこの言葉の意味を理解する。

上を向いて桜のトンネルを歩けば、きれいな花が咲いている。

桜の下に目をやれば、そこには訪れる人の笑顔、桜を守り続ける人の笑顔がある。

今年はお花見できなくとも、権現堂には来年も必ず満開の桜が咲かせる。 

笑顔が見たいと365日桜に向き合っている人がいるから。

取材後記

以前友人に連れられ訪れた権現堂。

その時は、あいにく桜が散ってしまった後だった。それでも菜の花を背にしてたくさんの写真を撮影し、はしゃいだことを思い出す。

当時は“桜の名所”という事だけしか知らなかった。美しい桜がたくさんの人たちによって守られていることや、桜のみならず土手が地域の人にとってかけがえのないもので、強い思いを抱いていることを知り、自分にとっても特別な場所になった。

コロナウイルス感染に関する情報が日々動き、誰もがお花見する気持ちになれない状況だからこそ、少しでもテレビを見る人に元気になってもらいたいと思って取材した。

毎年花見を楽しみにしている人たちの笑顔のために、権現堂堤の桜を守っている人たちの思いが、放送を通して少しでも伝わったらと思う。

執筆・撮影 森山優 

ドローン撮影 中村龍美

幸手権現堂桜堤 埼玉県幸手市大字内国府間887-3

撮影中継取材部
撮影中継取材部