「アウティングは許されない行為である」

日本で初めてアウティングの違法性に言及した一橋大学アウティング事件の東京高裁判決から1年がたった。一橋大学院の学生が同性愛者であることを友人にアウティングされたのをきっかけとして、心身に変調をきたし校舎から転落死したとされる事件。いまアウティングを巡る現状はどうなっているのか取材した。

「息子の死は無念でなりません」

判決後1年を受けて亡くなった大学院生のご遺族に取材を申し込んだ。しかしご遺族からは丁寧な断りの返事を頂いた。そして返事にはこんなコメントが書かれていた。

「一橋から息子が同性愛者だと聞かされても、それと死とどうして直結するのか不思議でたまりませんでした。私たちは『なぜ息子が死ななければならなかったのか?その原因は何だったのか?』とその思い一つで裁判を起こしました。高裁の判決から一年がたつのですね。今回の取材依頼で初めて気づきました。裁判は長かったような、短かったような…今となっては忘れました。ただただ息子の死は無念でなりません。」

「事件を二度と起こしてはならない」

ご遺族に筆者の取材の意向を伝えてくれたのが、プライドハウス東京の代表でゲイ・アクティビストの松中権さんだ。松中さんは一橋大学の出身であり、この事件をきっかけに「二度とこのような事件を起こしてはならない」と卒業生有志による任意団体「プライドブリッジ」を2019年に立ち上げた。

「大学には2007年からジェンダー社会科学研究センター(CGraSS)があるのですが、プライドブリッジでは共同事業として「一橋プライドフォーラム」を行っています。ジェンダーに関する寄付講座を始めて2021年で3回目になりますが、2021年の初回の授業には学長が来てくれました。」

松中権さんはこの事件をきっかけに「プライドブリッジ」を立ち上げた
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アウティングの違法性に言及したが…

2020年の東京高裁の判決の際、裁判長は「アウティングが人格権ないしプライバシー権等を著しく侵害する許されない行為であるのは明らか」であると述べ、アウティングの違法性に言及した日本初の判決と言われた。

松中さんはこの判決を聞いたときの自身の思いをこう語る。

「最初に裁判長からアウティングは本当にやってはならないと語られ、裁判所でようやく認められたという安堵を感じました。しかし判決は敗訴だったので、無念といいますか、裁判長の言葉とは裏腹であったことに悲しい思いでした。」

東京高裁(2020年11月)

思いを1つにしている感じではない

事件以降大学内はどう変化したか?松中さんはこう語る。

「事件があった年は、学内でもオープンにするなという箝口令のようなものがひかれていたそうで、知っている学生は少なかったし僕ももちろん知りませんでした。その後訴訟となって知った学生が多かったと聞いています。」

そして松中さんは続ける。

「僕は提訴以降にいくつかの講座の講師として何度か学生と話しましたが、大きな出来事だったのに新入生の中には知らない学生もいました。まだまだアウティングはだめだと、学生も教職員も思いを1つにしているという感じでは残念ながらないかなと思います。」

性的マイノリティは“いない”ことに

ゲイの当事者で一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さんもの事件に衝撃を受けた一人だ。

「アウティングという言葉と危険性はわかっているつもりでしたが、最初に事件を知ったときは、亡くなった方が同世代で出身地も同じと他人事と思えなかったですし、状況がすごくリアルに想像できて血の気が引くような感覚がありました。」

松岡さんは近著の中でアウティングがなぜ起きるのかについて、その大前提を「性的マイノリティがいないことにされていることだ。」と語っている。

「この社会は、生まれた時に割り当てられた性別と性自認が一致していて、男性か女性のどちらか、そして誰もが異性を好きになるということが前提とされています。それが差別や偏見につながるので、当事者は安全を守るために情報をコントロールしなければならないのです。勝手にバラされるということは、まさに居場所や生活の基盤を失うことにつながります。」

松岡宗嗣さんは近著『あいつゲイだって』でアウティングがなぜ問題なのかを取り上げた

法整備の動きは「すごく重要な変化」

松岡さん自身もアウティングされただけでなく、アウティングしてしまったこともあるという。

「アウティングの問題性を認識しながらも、この範囲であれば大丈夫だろうと勝手に判断してしまったことはありました。例え自分がアウティングした相手に差別的な意識がなくても、その人が良かれと思って別の人に言うなど芋づる式に広がってしまうこともある。そして広がった先には差別的な認識を持っている人もなきにしもあらずで、そうするとアウティングされてしまった人の危険につながってしまいます。」

事件以降、自治体が条例でアウティングを禁止するなど法整備の動きも広がってきた。こうした流れについて松岡さんは「アウティングがそもそも問題だということすら認識されていないような社会だったので、すごく重要な変化」だとしながらも、こう語る。

「ただこれはあくまで過渡的な法整備であるべきだと思っていて、アウティングが被害につながってしまう背景には、差別や偏見が根強く社会に残っているからなのです。こうしたことに目を向けた法整備が広がってほしいと考えています。」

すべての人が生きやすい社会を

亡くなった一橋大学院生のご遺族からは、こんなコメントが寄せられていた。

「一橋大学アウティング事件から以降大きく世の中の流れが変わっているのは存じております。LGBTQの方々が差別なく生きやすい世の中になれば良いと心から願います。」

2021年の通常国会ではLGBT理解増進法案が、自民党保守派の反対で見送られた。差別や偏見が温存され、性的マイノリティがいないことにされている現実を直視して、すべての人が生きやすい社会をつくることが我々の責務なのだ。
 

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

【トップ画像:一橋大学東本館 Shin@K / PIXTA(ピクスタ)】

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