コロナ禍で、働く人はどのようなことに悩んでいるのだろうか?

働く人向けの相談窓口を提供している会社「ピースマインド」の調査で、コロナ禍で働く人たちの悩みの傾向が明らかになった。

ピースマインドは、コロナ禍以降、従業員のストレスや悩みがどのように変化したか、実態を明らかにするため、相談傾向の分析調査を実施し、その結果を11月4日に発表した。

調査では、まず、コロナ禍以前である2019年度の相談件数と内容を、年度の初頭に新型コロナウイルスの影響による緊急事態宣言が発令された2020年度、さらにコロナ禍が長期化している2021年度上半期と比較し、統計的な分析を行った。

その結果、2021年度上半期の相談件数は、2019年度の同じ時期に比べて51%増加したことが分かった。

コロナ禍前後(2019年度、2020年度、2021年度上半期)の相談件数の割合【提供:ピースマインド】
コロナ禍前後(2019年度、2020年度、2021年度上半期)の相談件数の割合【提供:ピースマインド】
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このうち、増加しているのは「自分のメンタルヘルス」「職場のストレス」「仕事上の対人関係」「家族・パートナー関係」「休職・復職問題」。

*自分のメンタルヘルス:94%増加
*職場のストレス:63%増加
*仕事上の対人関係:61%増加
*家族・パートナー関係:31%増加
*休職・復職問題:23%増加


いずれも2019年度上半期のコロナ禍前と比べて、高い増減率となっている。

2021年度上半期に件数が顕著に増加した相談内容【提供:ピースマインド】
2021年度上半期に件数が顕著に増加した相談内容【提供:ピースマインド】

家庭にまつわる相談は減少

一方で、相談内容の件数が減少した項目もあり、とくに減少が目立ったのが、「家庭」にまつわる相談内容の件数だ。「子どもの教育問題」が21%減少し、「育児の問題」は6%減少した。

「仕事と家庭の両立」と「家族・パートナーの身体的健康」は、コロナ禍の2020年度内は、一旦、減少に転じたが、2021年上半期ではコロナ禍以前の2019年の水準となった。

また「仕事上の対人関係」の相談件数は増加していたが、「職場の対立関係」に関する相談は、コロナ禍において21%減少。これについてピースマインドは、「テレワークにより対立関係者との直接的・物理的接触の減少が影響している可能性がある」と分析している。

2021年度上半期に件数が顕著に減少した相談内容【提供:ピースマインド】
2021年度上半期に件数が顕著に減少した相談内容【提供:ピースマインド】

コロナ禍で相談件数が増加する中、「家庭」にまつわる相談など、相談件数が減少しているものもある。この理由としてはどのようなことが考えられるのか? また、この調査結果を踏まえ、コロナ禍ではどのようなメンタルヘルスが必要なのか?

ピースマインドの担当者に話を聞いた。

目的は「コロナ禍前後でのストレスの変化を明らかにすること」

――そもそもピースマインドではどのような人からの相談を受け付けている?

企業向けの事業としてEAP(従業員支援プログラム)という、働く人向けの相談窓口を提供しています。

EAP(Employee Assistance Program)とは、職場のパフォーマンスを向上させるために、心理学や行動科学の観点から「働く人」と「企業」に解決策を提供するプログラムです。 働く人やそのご家族からのご相談に加えて、管理職や人事からのマネジメント上の相談も受けています。 


――今回の調査を行った目的は? 

世界を襲ったコロナ禍において、日本の生活環境、就労環境は大きく変化しました。VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)という言葉が注目を浴びる今日、コロナ禍により、まさにVUCAが現実のものとなりました。

急速な環境の変化により、対面コミュニケーション減少、テレワーク勤務、各業務のオンライン化・遠隔化・デジタル化といった、新たな施策や働き方が十分な準備期間なく強いられ、メンタルヘルスの観点から、断続的な変化への耐性が求められています。 

コロナ禍前後でピースマインドに寄せられた相談件数は増加傾向にあり、また、相談内容の傾向にも大きな変化がありました。そこでピースマインドでは、多くの働く人、および、ご家族からの相談を受けるメンタルヘルスの専門企業として、コロナ禍前後でのストレス動向の変化を明らかにすることを目的に、本調査を実施しました。 

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コロナ禍で相談件数が増加している理由

――2019年度と比べて2020年度(上半期・下半期)が相談件数が増えている。この理由はどのようなことが考えられる?

2019年度下半期には、中国を中心とした諸外国で感染爆発が始まり、日本への感染懸念が一層高まったこと、そして、新型コロナウイルス対策の特別措置法が2020年3月13日に成立したことからも、日本での感染爆発に向けたシナリオが現実化したことが挙げられます。 

2020年度上半期には、4月7日の政府からの緊急事態宣言の発出が大きなターニングポイントとなりました。感染拡大が明らかとなったことや、新型コロナ感染者数増加、かつ死亡者数も増加し、感染症自体への不安が高まったこと。

日常生活においては、都道府県外への移動自粛、ソーシャルディスタンスの確保、飲食店利用の制限などによる対面の人的交流の急減。

仕事の場面においては、テレワークといった急な就業スタイルの変化、家庭においては、子ども達の学校の休校など、短期間に生起した多くの環境変化に適応を強いられたこと、そのインパクトが相談件数を増加させる明らかな要因と言えると考えます。

心理学的ストレス理論においては「逃げるか戦うか―『闘争か逃走』反応」がありますが、コロナとの闘争はできずとも、逃走する道が確立されておらず、その結果、行き場のないストレスにより疲弊し、相談が増加した、まさに疲弊期ともいえるでしょう。 

2020年度下半期には、相談件数は増加したものの、ペースは鈍化しています。その背景として、一旦、感染の波が収まり、また、感染予防施策が定着したこと、また行動制限が緩和され、人的交流の一部再開、GoToキャンペーンなどの環境変化が要因として考えられます。 


――2020年度(上半期・下半期)より2021年度上半期の方が増えている。この理由としてはどのようなことが考えられる?

2021年度上半期に再び急増した背景として考えられることは、変異ウイルスによる3回目、4回目の緊急事態宣言のもと、新型コロナ自体への恐怖の再燃、ワクチン接種開始が引き起こした様々な混乱、先の見えない不安、仕事、プライベート両面での行動制限や環境変化に対し、適応が追い付かない、蓄積したストレス、そしてその対処法の未確立が要因と言えるでしょう。

心理学的ストレス理論の観点からは、まさに「汎適応症候群」の「疲憊期(ひはいき)」に該当すると考えられ、長期の継続的なストレス状況下における、抵抗力・ストレス耐性の衰弱が、相談増加に寄与したと推察されます。 

こうしたことから、環境要因と共に、これまで多く研究がなされてきた「ストレス理論」「適応理論」という2つの理論により、相談件数の推移を説明できるのではないかと考えております。

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「家庭」にまつわる相談が減少した理由

――「家庭」にまつわる相談件数の減少が目立った。この理由はどのように分析している?

今回の調査は、コロナ禍前(2019年度上下半期)、コロナ混乱期(2020年度上下半期)、コロナ禍長期化慢性期(2021年度上半期)に該当する、2019年4月~2021年9月までの当社のEAPサービスの利用実績から、調査に適合するものとして抽出した1万2545件を対象に、各相談の相談分類の数値をもとに、統計分析ソフトを用いて分析をしたものです。

その結果、「子どもの教育問題」「育児の問題」といった、家庭にまつわる相談件数の減少が統計的に明らかになったこと、また、さらなるテキスト分析を行い、2021年度上半期は、2020年度に比して、「家族内での相談リソースの獲得」に関わるキーワードが抽出されたことが根拠となります。 

2020年度のコロナ混乱期の「子どもの教育問題」が、コロナ禍前に比べて減少に転じている点については、コロナ混乱期に大幅な減少が見られた「仕事と家庭の両立」との関連性が考えられます。これまで、仕事と家庭の両立として、対処に苦慮していた子どもの教育問題においては、コロナ禍で促進されたテレワークが一助となり、子どもと過ごす時間が増え、問題に向き合えるようになったことが推察されます。 

「育児の問題」は、コロナ混乱期の2020年には件数が上昇していますが、背景には学校や保育施設の休校・休所の影響があろうかと考えています。その後、次第に教育施設が再開し、かつ、先述の仕事と家庭の両立問題の低減も相まって、相談件数が減少したと推察しています。


――「家族・パートナー関係」が31%増加。これはどのように受け止めればよい?

まず、2020年度のコロナ混乱期には各種の悩みが急増する中、「家族・パートナー」関係は微増でした。

これは、テレワークや子ども達の休校など、当初は、従前の家族の生活リズムからの変化が大きく、悩みが一部生じたものの、新しい生活様式への適応、そして、家族関係の可塑性の両面から、テレワークにより家族と過ごす時間が増加し、関係性に変化が現れた可能性が考えられます。

一方、2021年度のコロナ慢性期に、再び、「家族・パートナー」が急増しています。この背景としては、職場への出社が徐々に始まるなど、一度、適応した新しい生活様式から、更に新たな環境変化への再適応が求められたことが推察され、心理学で研究されてきた適応理論との一致が考えられます。 

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「職場の対立関係」の相談は減少、「仕事上の対人関係」の相談は増加

――「職場の対立関係」は減少する一方で「仕事上の対人関係」の相談件数は増加。まず、「職場の対立関係」と「仕事上の対人関係」の違いは? 
 
当社の相談分類の定義としては、「仕事上の対人関係」とは、上司、部下、同僚をはじめとした、広義な対人関係全般としています。一方で「職場の対立関係」については、仕事上の対人関係の中でも、対立関係にある対象が、より明らかな場合に生じる悩みとしています。


――「職場の対立関係」は減少。この理由はどのように分析している? 
 

「職場の対立関係」がコロナ混乱期、2020年度に、一旦、減少している理由としては、コロナ禍前後のテキスト分析において、各相談の悩みに、元々、「上司」が存在しており、「上司」との対立が仕事への影響を及ぼす火種になっていることが窺われました。

ところが2021年度には、「上司」と「仕事」の関連性が顕著に抽出されませんでした。こちらの考察としては、コロナ禍前から生じていた対立関係において、「テレワーク」により、直接的・物理的接触の減少が、問題の解消に影響している可能性が窺われるものと推察しています。 


――一方で「仕事上の対人関係」は増加。この理由は? 

「仕事上の対人関係」の相談件数増加に関しては、2020年度のテキスト分析の結果として、「上司」「自分」「思う」「言う」「不安」などが「仕事」を取り巻く主な関連単語として示されました。

このことから、コロナ禍による仕事への直接的な影響と、仕事をする上で自分の思いを伝える難しさや、上司との関係に悩む傾向にあったこと、さらにはテレワークといった就業環境の変化が総じて、対人関係の難しさをもたらしていると推察しています。 

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コロナ禍のメンタルヘルスとは?

――今回の調査結果をどのように受け止めている? 
 

実際にご相談をお受けしている我々としては、日頃のご相談を通して感覚的に捉えていた相談件数の増減や、相談内容、相談傾向の経時的変化と、今回の調査結果が一致したこと、また、その結果と社会的変化との相関関係が確認できたのではないかと感じています。

さらに、コロナ禍、そしてコロナ禍の長期化による相談傾向を一層、精査し、アフターコロナの知見として役立てていきたいと考えています。

パンデミックの社会的な影響を、感染拡大が一旦、落ち着きつつある今こそ振り返り、今後に備える知見の一つとして、少しでもお役に立てれば幸いです。


――今回の結果を踏まえ、コロナ禍ではどのようなメンタルヘルスが必要だと思う?
 

「個人・企業に共通する対処法」「個人の対処法」「企業の対処法」があります。

(1)個人・企業に共通する対処法
今後、テレワークから出社が増える、社会活動が以前に戻るなどの環境変化が生じた場合、適応の問題も避けては通れないテーマとなり得るでしょう。適応の秘訣は、心理的柔軟性やレジリエンス(適応力)を向上すること、また、上司や同僚、家族・友人といったソーシャル・サポートを上手に取り入れていくことです。

常に変化し続ける時代の流れに沿って、目の前の出来事や白黒つけ難い状況を受け入れるメンタリティ、自分の軸で考えて選択するといった「適応力」は、予測不可能な時代を乗り切る有益なスキルと言えるでしょう。 

(2)個人の対処法 
自分にとってのストレスのサインは何か、ストレスの赤信号、黄色信号に、自ら気づけるように意識することです。

キーワードは「セルフケア」です。

なぜ問題が生じたのか、早期に対処できなかったのか、原因を分析して、再び、同じ問題に直面した時に対処できるようにすることが有効と考えます。 

(3)企業の対処法 
状況が刻一刻と変化する状態においては、その時々の企業の体制や対応について、こまめに従業員に発信することが、従業員の就業に安心感を与え、エンゲージメント(=個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあう関係)の向上につながります。
 
具体的には、直接的な対面が減少する中で、円滑なコミュニケーションが取れるような工夫、その一つとして、必要に応じて躊躇なく相談ができるような、心理的安全性の高い場を設けることが有効と考えます。


コロナ禍で働く人の相談件数が増加しているのは「自分のメンタルヘルス」「職場のストレス」「仕事上の対人関係」「家族・パートナー関係」「休職・復職問題」だった。

一方で「家庭」にまつわる相談件数は減少していることが分かっている。この結果を踏まえ、個人そして企業がそれぞれ、適切な対処法をしていくことが重要なのだろう。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。