チャーター機派遣をめぐる検証

新型コロナウイルスの国内感染拡大が続く中、政府が中国・武漢市などに滞在していた日本人を帰国させるためのチャーター機の第1便を派遣してから1か月が経った。

2月17日までに計5便が派遣され、中国人配偶者や子どもを含む800人超が帰国した、この一連のオペレーション。政府は舞台裏でどのような検討を重ねチャーター機派遣を決断し、帰国者への対応についてどんな作業が行われていたのか。日本全国で感染者数が増え続け、新たなフェーズに移った今、改めてその裏側を振り返り、どのような教訓と課題をもたらしたのか検証する。

安倍首相「帰国希望者の全員帰国」表明までの舞台裏

「新型コロナウイルスに関連して武漢市内の閉鎖が進んでいることから(中略)中国政府との調整が整い次第、チャーター機などあらゆる手段を集中して、帰国希望者全員を帰国させることにしました」

1月26日、日曜日にも関わらず私邸から首相公邸に入った安倍首相は、記者団の前で、武漢周辺に滞在する日本人らを帰国させる方針を表明した。しかし実は、この発表に至るまでの調整は、約2日間での突貫工事、綱渡りとも言えるものだった。

安倍首相(1月26日)

表明から5日前の1月21日(火)、政府は、武漢での感染者が200人規模に拡大したことや、日本国内初の感染者の確認などを受け、「新型コロナウイルス感染症対策関係閣僚会議」を初開催した。この会議では安倍首相が水際対策の徹底を指示するなど、日本国内での感染拡大防止策が主に話し合われたが、まだ武漢在住の日本人の扱いが問題になる段階ではなかった。

関係閣僚会議(1月21日)

そしてこの会議の2日後の23日(木)、中国政府が武漢市の事実上の封鎖に踏み切った。翌24日(金)に再び開かれた関係閣僚会議では安倍首相が「在留邦人に対する現地大使館を通じたきめ細やかな情報発信や必要な支援の実施など、安全確保に向けて引き続き全力をあげてください」と指示したが、武漢の日本人を「帰国」させる必要性までは踏み込んでおらず、あくまで「支援」に重点が置かれていた。政府内では「いずれ邦人を退避させることを検討しなければならない」という声があったものの、「まだその段階には来ていない」という意見があったのも事実で、官邸関係者も「総理が会議で言ったこと以上にやることがないだろう」と語っていた。

武漢市の医療機関(1月)

急転!チャーター機派遣の調整を猛スピードで開始

しかし、この日の夜、別の官邸関係者の元に、中国事情に詳しい関係者から、政府として武漢に航空機を派遣し希望する日本人を帰国させるべきではないかという意見が寄せられるなどの動きがあった。すると、翌日からは土日に突入するにも関わらず、官邸と外務省内で、航空機派遣による現地邦人の帰国に向けた準備のスイッチが入った。

そして翌25日(土)、休日返上で密かに航空機派遣に向けた調整が進められた。この日には、アメリカが自国民を待避させるためのチャーター機派遣の準備を進めていることも明らかになり、日本として遅れを取るわけにはいかなくなっていたことも、政府の背中を押した。

本国からの指示を受け、北京の日本大使館も25日午後、大使館員を集めて水面下で準備を開始した。急ピッチの調整が進められる中で、普段は取材に応じてくれる大使館関係者も、「何も話すことはできない」と答えるばかりの状態となり、ぎりぎりの対応に追われていたことが伝わってきた。

現地でまず問題だったのは、実は武漢市には封鎖直後、日本大使館の館員が1人もいなかったことだ。大使館の中では、館員の武漢への派遣について議論が行われていたが、ある関係者は「大使館員も人間だ。封鎖されるほどリスクが高いという状況の中で、派遣は慎重に検討するべきだ」と語っていた。

しかし、航空機による帰国作戦を行うとなれば、帰国者の武漢空港までの移動の段取りなどのロジスティクスを担当する人が必要となる。本国からの指示を受けた大使館は26日午後、急きょ現地に館員ら10人を派遣。北京から武漢までのおよそ1200キロの道のりを車で夜を徹して移動し、十数時間かけてようやく現地に到着したという。

一方、武漢などに日本人がどれだけ滞在しているかも把握できておらず、それを確認する必要があった。西村官房副長官は24日の会見で、現地にはおよそ710人の日本人が滞在していると発表したが、ある関係者は「登録上の数字であり、実際に何人いるかは分からない」と漏らしていた。

そこで、武漢などにいる日本人と改めて連絡をとって所在を確認すると共に、帰国希望の有無を確認していった。政府関係者は「1月25日になって、武漢の閉鎖区域が一気に増えて、帰国希望者がぐんと増えた」と証言していて、帰国希望者が大勢いると確認できたことが、チャーター機派遣の決断の決め手になったという。

こうした水面下での調整や中国政府との交渉が急ピッチで進められた末に、26日、航空機派遣の方針が最終的に固まった。安倍首相は、日曜日にも関わらず、夕方に私邸から首相公邸へと向かい、危機管理監から「報告」を受けた後に記者団に発表するという異例の形式で、冒頭のチャーター機派遣表明を行った。

中国・武漢市(1月)

急転直下でチャーター機派遣へ…日中が電話協議

この安倍首相による表明の約3時間後の午後9時、茂木外務大臣は中国の王毅外相と電話会談を行い、次のようにやりとりした。

茂木外相:
「日本政府ができることは何でもやる。支援物資も必要なものがあれば何でも言って欲しい」

王毅外相:
「日本政府の支援の申し出に感謝する。マスクや防護服などの支援物資を頂けたら大変ありがたい」

茂木外相:
「武漢には日本への帰国希望者もいる。チャーター機を派遣する際にはご協力をお願いしたい」

電話会談で茂木氏は、中国への全面的な支援を約束するとともに、邦人の退避についても「事実上の了承」を取り付けた。この時、茂木氏は、王毅外相がマスクなどの必要物資について具体的な言及をしたことで、「中国では物資が本当に足りていない」と感じていた。

中国の王毅外相と電話会談を受けて取材に応じる茂木外相・26日

まぼろしの政府専用機活用案

一方、航空機を実際に派遣するにあたっては、中国側の受け入れ態勢が整うかどうかも焦点の一つだった。安倍首相が「チャーター機などのあらゆる手段」と言及したように、どの航空機を何機派遣するかはまだ詰まっていなかった。

政府内では一時、政府専用機を活用する案も検討された。関係者によると、第1陣として、政府専用機2機と民間のチャーター機2機の計4機を武漢に派遣する案も検討していた。しかし「自衛隊が運用する機体を中国本土に派遣させるのには、中国側が難色を示した」(官邸関係者)のだという。政府専用機は、自衛隊が管理・運用しているため、中国からは軍用機とみなされてしまうというわけだ。

まぼろしの政府専用機活用案

そのため、民間のチャーター機の派遣に落ち着いたが、派遣する機数についても、ぎりぎりまで調整が続いた。当初は、最速で1月28日の午前中にチャーター機を2機派遣する案が検討されたが、中国側の態勢が整わないため、出発はずれ込み、まず1機を飛ばすことになった。

現地での移動に苦心、スケジュールずれ込みも

武漢で対応にあたった政府関係者は「在留日本人を空港まで連れてくることが大変だった。
移動のためには車の確保が必要になる。感染のリスクがあるためドライバーも嫌がる。しかも移動の際に中国当局には車を止められるため、そこを通してくれと頻繁に連絡していた」と証言していて、現地での移動が大変だったことがわかる。

結局28日夜になって、政府のチャーター機第1便となる全日空機が羽田空港を出発し、武漢空港に到着した。現地で、感染源として疑われた海鮮市場周辺など、空港へのアクセスが比較的容易な場所に居住している人を中心に206人の日本人が乗り込み、翌29日午前、日本に帰国した。帰国者たちからは安堵の声が聞かれた。

チャーター機第1便

このチャーター機派遣に関し、日本政府が現在の中国政府との良好な関係をフル活用し、早期に実現できたことは大きな成果だと考えてよいだろう。これは、首相官邸や外務省による土日返上での対応が結実したものだと言える。

一方、チャーター機派遣と同時に検討されるべき、帰国者の受け入れ態勢については、後手に回ったと言わざるを得ない対応の結果が、このあと待っていた。(次稿に続く)

(フジテレビ政治部・FNN北京支局)