【前編:上野千鶴子東大名誉教授に聞く 日本の女性は、まだ歯を食いしばって生きなくてはいけないのですか

「オッサンが一人いなくても会社はケロッと回るのよ」

佐々木:
小泉環境相が育休を取得したことがニュースになりましたが、男性の育休取得を義務化しようという議論も起きています。実現すれば、共働き家庭でも家事育児の負担が女性に偏るという、性別に固定化されてきた役割も、変わっていくと思われますか?

上野教授:
そう思います。スウェーデンの先行事例から、すでに結果が出ています。スウェーデンでも男性の育休導入には最初すごく抵抗があったけれど、やってみたら、男性たちは「休めてよかった」と大歓迎に変わった。スウェーデンの場合、所得補償が大きいことも取りやすさにつながっているのだけど、何より、妻と子どもとの関係が変わりました。

企業は置き換え可能の人材で成り立ってるもので、情報の属人性を排したのが企業組織のいいところ。「オレがいなきゃ回らない」なんて思ってても、いなくてもケロっと回るのよ(笑)。だから、一度休んでみると、自分にとってかけがえのないものが何か、考え直す契機にもなるわね。

「この人に言ってもムダ」って言われない父親に

佐々木:
確かに育休中、家族との時間を第一に過ごしながら、会社との関係を見つめ直したり、戻って仕事したいと思うのはなぜなのか、自分にとっての仕事の意味を確認したり、いい機会をもらえたな、と思ったんですよね。男性たちは、途中休憩がなくて、一本道に走り続ける以外になかなか選択がないのも、大変だなあとは思いましたね。

上野教授:
それがオッサンたちにはツケとして回ってきてしまう。仕事優先で、家庭は二の次に突っ走ってきて、自分の子どもが10代になってごらん、人生の選択に関わる決定的な相談を、子どもは父にはもうしなくなる。「この人に言ってもムダ」って、その時までに父への信頼感がなくなっているから。オッサンたちの末路が心配になります。

佐々木:
制度としては、男性の育休はどのくらいの期間あるといいのでしょう?

上野教授:
2週間じゃ何も変わらないでしょう。スウェーデンが実施したのは半年間のパパクォータ。取得する権利を行使しなければ、妻には移転できず、その権利は消えてしまう。そして、取得したら8割の所得保障がある。(cf:日本の育休の所得保障は50〜67%)そこまですれば、給料が高い人でも育休を取らないとソン、となって変化が起きた。

(参照:スウェーデンの現行の育休は、両親あわせて480日取得可能。そのうち300日はどちらでも取得可。残りの180日のうち、父親、母親それぞれ、相手に譲ることができない休暇日数90日ずつが割り当てられ、その権利を行使しなければ消滅する。480日のうち最初の390日は給与の8割が保障される仕組み。すでに2014年にスウェーデンの男性育児休暇取得率は9割にのぼる。厚労省発表によると、2018年度の日本の男性育休取得率6.16%)

「仕事はこんなにも楽しい」と子どもに教えてあげて

佐々木:
もうひとつ、復職したときに思ったのは、自分にとってかけがえのない存在の子どもを預けてまでなぜ戻るのか、と言えば、もちろん「認められたい」とか「お金を稼ぎたい」とかありますが、もっとシンプルに「仕事が好きだから」という純度の高い気持ちだったんですよね。

上野教授:
仕事を選ぶ理由として、「好きだから」というのは、大事なことね。そういうことを、ワーキングマザーたちはもっと声を大にして言っていいと思う(笑)。子どもを産み育てる喜びや達成感もある、仕事で得られる喜びや達成感もある、それって取り替え可能?それぞれにかけがえのないもののはず。 仕事は仕事でしか得られない達成感があり、子どもに「仕事ってこんなにも楽しい」と教えてあげてほしい。そして、それは「あなたが世界で一番大好きよ」と子どもに言うことと、少しも矛盾しないはずです。時間資源が限られているからやりくりはたいへんだと思うけど、どんなに時間が短くても、子どもは自分を一番大切に思ってくれているひとを、絶対に見間違えないものです。

佐々木:
どっちも半端で申し訳ない、と罪悪感をもたずに・・・。

上野教授:
そう。どっちも必要、でいいのだから。

企業が変わるには動機付けと危機感が必要

佐々木:
その「どっちも」を実現していくには、かなり歯を食いしばる思いもしましたが・・・。
今、企業にとっては女性活躍のみならず、”ダイバーシティ推進”も課題です。ダイバーシティ実現への道は、どうご覧になってますか?

上野教授:
企業にとっては、ダイバーシティって自発的に言い出しことじゃなくて、外圧。「やらなきゃ」って内なる動機付けがない。なぜダイバーシティが必要か、実現するとどういうことが起きるのか、組織にとってどんな意味があるのかについて、合意ができていない。組織のトップたちは外国に行くと恥をかいて帰ってくるけど、動機付けがないから、掛け声だけ。それに、男女均等とダイバーシティは別のものなのに、男女均等を達成しないままにダイバーシティーを言い出すのは、男女均等に目を向けたくないから、隠れ蓑になっちゃってる。SDGsも言い出したけれど、企業での「ジェンダー平等」の優先順位は非常に低い。最初に、「環境」とか「サステイナビリティ(持続可能性)」がくるのね。

佐々木:
その二つは、誰のためにもなる、とメリットがわかりやすいですよね。ジェンダーはなぜ取り組み甲斐のないもの、になってしまっているんでしょうか?

上野教授:
変わる必要がないと思っているからよ。システムがルーティンでちゃんと回っているから、オッサンたちは何も不都合を感じていないのでしょう。

企業が変わるには、内なる動機付けが必要、それには危機感があるかどうかが問題。自ら変わらないとまずいぞ、と思わない組織は変わらない。私には、日本の企業はむしろ守りに入っているように見えるわね。

子どもの翼を折らないで

佐々木:
最後になりますが、今、まさに2児の子育て中です。親から子どもへ、特に娘にはどんな言葉をかけて育てていけばいいのでしょう?

上野教授:
子どもの翼を折らないことね。 子どもの虐待事件のニュースを見ていると、「オレサマ最優先」で生きている男が、女と子どもを支配している。女も抵抗しろと言っても、資源がないと抵抗することができない。食べていける経済的資源も大事だけど、私は正しいと自分で思える信念、つまり自信も大切な資源。それを育むには、子どもの時からの育ち方が大事だと思う。

佐々木
自己肯定感・・・でしょうか。「あなたならできる!」と?

上野教授:
そのとおり。やりすぎも問題だけど、でも、親はそうしていいと思う。だって所詮世間は去勢装置みたいなもんで、翼を折るから。「どうせおまえなんて」「頑張ってもムダ」と、その子の翼、つまり意欲を奪っていく。だから、せめて親だけは子どもに絶対的な自信を与えてあげてほしいと思う。

伊藤比呂美さん(詩人)が、3人の子どもを育てていて、ある時末っ子に「パパとママがどっちが好き?」って聞いたら、その子が「わたしが一番好き!」って答えたんですって。それを聞いて、彼女は、「やったー。私の子育ては成功した!この自信があれば、この子はどこでだって生きていける!」と思ったんですって。

幼くして「私が一番好き」と言える子どもも立派、そしてそれを喜べる母親も、素敵じゃない? (終)

インタビューのあとに

どこででも生きていける子どもに、という最後の言葉に、私はまたしても昨年の祝辞を思い出していました。「東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。」と。

そして、これからの予測不可能な、未知なる世界を生きるためには、日本に、そして組織の中に多様性(ダイバーシティー)が必要であることも述べていらっしゃるのです。

前編の冒頭にも書いた浪人生時代、私は初めて上野さんの著書を読みました。1989年刊行の『スカートの下の劇場:ひとはどうしてパンティにこだわるのか』です。正直、何を感じたのか、今となっては遠い記憶です。おそらく、「努力すれば男も女も関係なく報われる」そう信じてガリ勉していた私には、まだ自分ごとではなかったのかもしれません。

それから、早や30年。

ジェンダーを語ることは、私にとってもひとつのチャレンジでした。女と一括りにしても、年齢によっても、既婚か未婚か、有職か無職か、正社員か派遣かフリーランスか、時短かフルタイムか、子がいるかどうか、ここに書ききれないほど人によって事情はそれぞれで、思うことも求めることも違うはずです。

今回の聞き手の主語も、あくまで「わたし」です。

それぞれの「わたし」が、自分の生きづらさを、自分のせいと自罰せずに、なぜそう思い込んでいるのか、自分の価値観はどこから来ているのか、問いを立てて声をあげていくことから、始まることがあるのだと思います。

フルタイムで仕事をして、家でも座る間も無く家事をして・・・。泣いたり八つ当たりをしたり、ひどいキレ方をしていた私が気づいたのは、「とはいえ、子どものことは母親の責任」と自分が自分を縛っていることでした。何度も夫婦で話し合いをして(そして、「話し合う」こと自体が面倒で放棄したくなるのですが)今や、家族の胃袋を満たす責任者は夫。我が家の「家庭の味」はパパの味です。ささやかな変化と思うことなかれ、我が家にとっても、わたしの意識の中でも、革命的な出来事でした。

幸いにも、私たちの前には、たくさんの先輩たちがいます。

結婚か仕事か、出産か仕事かの二者択一を迫られた時代があって、今は私たちの部署でも女性の総数のうち、3分の1強の数は、育休後、もう一度仕事したいと復職した面々です。選択肢は、確実に広がってきています。

そして、「母」は可視化しやすい、声をあげやすい存在だとも思っています。職場にも、社会にも、もっと声をあげづらい何かを背負っている人がいるはずです。

上野先生の祝辞の中で私が最も響いた言葉、「(誰であれ)強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」とあるように、たとえ小さくても勇気ある声に耳を傾け、思いを馳せながら、「お互いさま」でつながっていけたら・・・。
そして、次の世代の女性が「何にでもなれる」ともっと信じられるように、私も、自分の人生を諦めないでいます。

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【上野 千鶴子氏プロフィール】
社会学者・東京大学名誉教授
認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長
京都大学大学院社会学博士課程修了。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで、東京大学大学院人文社会系研究科教授。2012年度から2016年度まで、立命館大学特別招聘教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。
専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。

【インタビュー+執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子