14世紀以降に建てられた歴史的建造物が並び、音楽の都として多くの観光客を魅了するオーストリアの首都、ウィーン。そんな旧市街から東に向けて車を走らせ、ドナウ川を渡ると徐々に住宅もまばらになり、野原の中を走行すること10分。

音楽の都・ウィーン(ヨハン・シュトラウス像)
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古い街並みが観光客を魅了する

突然、建設中の住宅群が眼前に姿を現す。これがウィーン22区、女性が街づくりをするアスパーン・ゼーシュタット地区だ。

建設現場には「女性が街をつくる」の看板が立てられている

「都市開発は男性による男性のものだった」

湖を中心とした東京ドームおよそ50個分の広さの空港跡地。2008年からウィーン市による都市開発の計画が始まり、当初から市の女性担当者をはじめ多くの女性建築家や都市開発者などが携わってきた。建設現場に立つ「女性が街をつくる」と書かれた巨大な看板が目を引く。

プロジェクト立ち上げの背景には男性による都市開発への不満があったと、開発担当企業のイングリッド・シュペルクさんは語る。「従来の都市開発は男性による、男性のためのものでした。朝、車に乗って仕事に行き、夜、車で帰宅し駐車するという生活に合わせていたのです。車が常に優先されていました。」

女性の視点を反映することで男女平等を実現することが、この街づくりの大きなテーマなのだ。

シュペルクさん「この街では車は優先されない」

車社会の見直しと公共スペースの活用

「車を中心とした街づくりでは公共のスペースが駐車場に使われ、広い車道が作られる代わりに歩道は狭くなりました。ここでは車の住宅街への進入を制限し歩道を広くしたのです。」

ゼーシュタットの歩道
中心部の狭い歩道の一例

車の進入を制限することで道路や駐車場は最低限にとどめ、その分の空間は公共スペースに充てたという。実際に街を歩いてみると、歩道は開けていて自転車専用レーンの道幅も広い。何より印象的だったのは街が静かなことだ。車の走る音はほとんど聞こえず、人が話す声や子供たちの元気な声だけがたまに聞こえてくるだけの静かな環境・・・騒音や大気汚染はこの街では無縁だと感じた。

安全・安心「社会の目」

街全体の50%が公共スペースというゼーシュタット。「公共スペースを最も利用するのは女性です」とシュペルクさんが語るように、街の至る所に視界が開けた大きな広場が設けられている。噴水が設置され、誰もがゆっくりくつろげる憩いの場となっている。

公共スペースには多数の広場が設けられている

安心・安全のための対策には特に力を入れる。広場に面する建物の1階部分には、商店や飲食店を入居させることで、常に周囲に見守られているという安心感を与える。子供たちの遊び場も、開けた公園や住宅に囲まれた場所に設け常に周囲の目が行き届くよう工夫が凝らされている。また地域が住民同士の交流を積極的に促し、広場で週一回の朝食会などを開催している。

防犯の観点では夜の街灯にも特徴がある。ウィーン中心部ではぼんやりとした灯りが一般的だ(全てではない)が、ここでは白い灯りが広く遠くまで道を照らしていて、夜道を歩いていても安心感がある。

ゼーシュタットの夜の街灯
白い街灯が広く明るく照らす

生活圏をコンパクトに

自宅や職場、学校、幼稚園の他にスーパーマーケット、銀行、薬局や医療施設などが徒歩15分圏内に集約されているのも大きな特徴だ。住民の母親たちに話を聞くと歓迎する声が多い。

学校、幼稚園、商店などは徒歩15分圏内に集約

母親:
「女性に優しい街です。様々な遊び場があり、近くにはショッピング施設や薬局、医者もいるので車で遠くに行く必要がありません。女性にとっても、お年寄りにとってもいいことです。」

多くの住民が「住みやすい」と語る

別の母親:
「私が女性としていいと思うことはたくさんあります。どこに行くにも近いし、小さい子供が暮らしやすいし、車がほとんどいないことなどです。」

男女平等「フィフティ・フィフティとは決して言えないが・・・」

ルイーザ・プイウさん(32)は写真家で、5歳と2歳の子供の母親。2015年にこの街に移り住む際、建築予定のマンションの住民が事前に集まり、建物の構造について話し合った。その結果、女性たちの意見がマンションの設計に数多く取り入れられた。

写真家で2人の子を持つ母親

代表的なのが複数設けられたコミュニティルーム。キッチンと食卓、子供の遊び場が併設されていて、母親同士で集まり話し合ったり、別の親に子供を預けて買い物に出かけることもできる。自宅を使わずにここに子供の友だちを大勢呼んで遊ばせることも可能だ。

家事・育児は夫と協同で行うが・・・

「まさに母親ならではのアイディアですね?」とルイーザさんに質問を向けると意外な答えが返ってきた。「何が女性らしいかという考え方は好きではないんです。子供の遊び場とかキッチンは私たちだけでなく、男性にも共有してもらいたい。逆にフィットネスルームやサウナは私たちだって使いたいのだから。」“男性的”とか、“女性ならでは”と語ること自体が男女平等の考えに反するという。

では「ルイーザさんの家庭では男女平等が完璧に実現できているのか?」と、やや意地悪な質問を投げ掛けてみた。少し考え込んでルイーザさんはゆっくり話し出した。「夫は家事をやってくれているし、私の仕事にも協力してくれている。でも子供たちはママだけを求めてくることがあるし、預け先にお迎えに行くのが母親じゃないといけないこともたくさんある。フィフティ/フィフティになっているとは思わないけど、そのことについて夫とは毎日話し合っています」

通りの名前に「ジャニス・ジョプリン」

多くの通りに女性の名前を冠した

男女平等の取り組みは他にもある。ウィーン市内ではもともと人物の名前が付けられている通りのうち、9割が「ベートーベン広場」や「モーツアルト通り」など男性の名前である。このためゼーシュタットは女性の名前の割合を増やそうと、多くの場所に女性の名前を冠した。

「モッタイナイ」で知られるノーベル平和賞の“ワンガリ・マータイ広場”、伝説のロック歌手、“ジャニス・ジョプリン プロムナード”、東京オリンピックの新国立競技場に一度は決まり、その後巨額な維持費などが理由で白紙撤回されたイラク出身の建築家“ザハ・ハディド広場”など。他にはナチス・ドイツの統治下で抵抗運動を展開した女性の名前も登場する。

また変わったところではアストリッド・リングレーン作の子供向け小説「長くつ下のピッピ」の名前を付けた場所もある。「社会で活躍した女性のことを知り、記憶にとどめて欲しい」と開発担当企業のシュペルクさんは語る。

女性建築家の功績を展示

一方、街の中心部では世界で活躍する女性の建築家の展示会を行っている。プリツカー賞受賞者で日本の妹島和世さんも紹介されている。ここでもまた「女性が街をつくる」のスローガンが踊る。展示会を主催するカティア・シェヒトナーさんは「女性が150年以上も前から街づくりを行ってきたことを知ってほしい」と訴える。

同じく主催者のウォチエック・チャヤさんは男性の視点から女性の街づくりについて、「ただ時が過ぎゆくだけの空間を作るのではなく、ゆっくり座って過ごす時間、時には何もしない時間が過ごせる街づくりがここでは行われている」と語る。

チャヤさん「時には何もしない時間が過ごせる」

女性による街づくりの原点があった

男女平等を重んじるウィーン。女性のための街づくりの原点は、既に20年以上前からあった。働く女性のために幼稚園を併設したアパート、「フラウエン・ヴェルク・シュタット(女性が働く街)」。ヨーロッパの中でもかなり早い1997年に誕生していた。

洗濯機置き場を屋上の明るい場所に設けたり、建物内の階段に自然の光を入れるなど、女性が安心して日常生活が送れるように工夫されている。建設に先立ち8人の女性建築家がコンペで競い、4人が設計の権利を勝ち取った。

その1人、フランツィスカ・ウルマンさんは自身の設計の特徴を次のように説明する。「住宅の敷地を外と遮断するのではなく、公共スペースにすることで多くの人が行き交い、安全が保たれるようにしました。また全ての部屋が公共スペースに面していることで社会の目による防犯の役割を果たすのです」。

この考えはまさにゼーシュタットの街づくりで実践されているものと同じだ。女性による街づくりのルーツはここにあった。

ウルマンさんは1990年代に”女性の街”の建築を行った

オーストリアと日本、男女平等“先進国”は?

ジェンダーギャップ指数は日本より上位

そもそもオーストリアの男女平等への取り組みはいつから始まっているのか。オーストリア連邦憲法第7条には性別に基づくいかなる特権も排除するとの条文が盛り込まれているが、1998年にはこの条文が改正され、末端の自治体のレベルまで、男女平等を達成するための措置が求められた。日本の男女共同参画室(現・内閣府男女共同参画局)が設置されたのが1994年だったのと比べても、むしろオーストリアは遅れを取っている。

しかし、実態はどうか。世界経済フォーラムが発表した2021年ジェンダーギャップ指数では、日本が120位だったのに対してオーストリアは21位と、大きな差が開いている。政治参画を見ると女性議員はオーストリア39.9%に対して日本9.9%、女性閣僚はオーストリア57.1%に対して日本10%、経済分野では女性の管理職の割合がオーストリア33.2%に対して日本14.7%と、いずれも日本が大きく水を空けられているのが分かる。

ポーズだけでは女性の社会進出、ジェンダー・イクオリティは実現しない。

ゼーシュタットの今後の発展

ゼーシュタット完成時の模型

開発計画の約半分がこれまでに完成し、2030年には現在の8300人から2万5000人以上の人口を見込むゼーシュタット。緑が少ない、野原をコンクリートで固めたなどの批判があるのも事実だ。

しかし、「首都で村の生活を」との理念を掲げるこの街が目指すのは、住民が互いを知り、声を掛け合い、助け合う社会。車が不要でコンパクトな生活圏。それでいて都心までのアクセスは地下鉄で僅か30分という便利さ。これらはいま、確実に形になりつつある。

女性による都市開発が、結果として環境にやさしい、持続可能性の高い街づくりを実現できれば、このプロジェクトは一つの成功例として継承されていくことだろう。

【執筆:FNNパリ支局長 山岸直人】