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今回は、京都大学医学部附属病院・脳神経内科の葛谷聡先生に、もの忘れの原因と認知症について話を聞いた。

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20歳代30歳代でもの忘れ外来に来る人もいる

京都大学医学部附属病院 脳神経内科・葛谷聡先生:
京大病院の脳神経内科で、現在もの忘れ外来・アルツハイマー病の研究などに取り組んでいます。

実際もの忘れ外来をやっていても、最近では軽いもの忘れで受診される方が増えています。20歳代30歳代でもの忘れ外来に来られる方もいますが、一番多いのは65歳以上かと思います。

いろんな年代ごとにもの忘れの原因は多種多様です。例えば、疲れとか寝不足とかいろんな精神的なストレス、それだけでもちょっと忘れっぽいってことはあります。うつ病とか精神的なもので、もの忘れが出てくることもありますし、あるいは食事の栄養が悪くてビタミン不足、特にB1とかB12の低下ももの忘れの原因になります。

個人において20年前や30年前に比べると、当然老化による認知機能の低下はあります。これは病的なものではなく生理的な話です。

記憶は寝ているときに固まると言われています。睡眠障害は記憶障害を引き起こしやすい一因です。最近ではもの忘れの原因として睡眠時無呼吸症候群も注目されています。睡眠時無呼吸症候群は気づかれていない方も多いのですが、寝ているときに無呼吸になるため、その間一時的に低酸素になり、脳へダメージを与えます。特に記憶中枢である海馬は低酸素のダメージを受けやすい。海馬は非常にストレスに弱いところなので、そういったことももの忘れに影響してきます。

ただ実際、頻度として多いのは、65歳以上で発症するもの忘れ。そして一番原因として多いのはアルツハイマー病だと思います。この場合はもの忘れが最初軽くあっても、だんだんゆっくり症状が進んでいきます。少しご本人あるいは周りにいる方から見て、もの忘れが気になるという場合は、早めにもの忘れ外来を受診されることをお勧めします。

認知症の初期症状

最近、認知症という言葉をよく聞くようになりました。我が国では超高齢社会になり認知症患者が増えていますが、認知症という状態までくると認知機能が低下してきて、それに伴い生活機能も低下し、自分で生活を営むことが難しくなります。健康な状態でいきなり認知症になることはなくて、段階的にゆっくり進んでくる病気です。

認知症が進んでくると、軽度・中等度・高度と生活機能が段階的に障害され、最初はたとえば服薬の管理ができなくなる方が多いです。朝の薬、夜の薬そういったことを自分で管理できていたのがミスするようになります。

あるいは買い物が一人でできなくなり、さらに症状が進んでくると入浴が一人でできないとか着替えが一人でできなくなります。一部の認知症は原因によっては元に戻ることができますが、アルツハイマー病ですとやはり年単位で確実に変化し、もの忘れの程度が悪化してきます。

現在、認知症の原因の半分ぐらいがアルツハイマー病と言われていて、そこを抑えることができたら認知症対策としてはかなり効果が大きいかなと思います。

新しいことを覚える記憶中枢「海馬」

(記憶に関して)脳の中でどこが一番大事かというと海馬が挙げられます。このアルツハイマー型認知症患者さんの脳を写真で見ますと、脳の横側の側頭葉の内側にあるのが海馬です。ここが新しいことを覚える記憶中枢で一番重要な場所となりますが、この症例では右の海馬が薄くなっていますね。左側は厚みが残っており、こちらはまだ正常に近いと言えます。

このようにアルツハイマー型認知症というのは海馬の神経細胞が徐々に死んでいきますので痩せてくる。海馬の機能として新しい出来事を記憶し思い出すことが重要で、アルツハイマー病では海馬がやられてきますので、もの忘れを発症します。

進行していくとアルツハイマー病の方は海馬だけではなくて他の脳の部位も痩せてくる。昔の記憶は海馬以外の所に保存されていて、そこが痩せてくるので昔の記憶も思い出せなくなる。そういう記憶障害を遠隔記憶障害と言います。

認知症の12の危険因子

予防にもつながりますが、現在世界で認知症への介入が可能な12の危険因子が報告されています。年齢のステージごとでリスクファクターがあって、例えば若齢期は低教育が7%のリスクとなり、教育を子どもの頃しっかり受けてないと将来認知症になるリスクが高くなります。

そして中年期になると、難聴が8%とリスクが高く、その他、高血圧・肥満といった生活習慣病やアルコールも挙げられます。そして晩年期になったら、喫煙あるいは社会的孤立、これは人との交流が途絶える独居老人のような状況ですね。あるいは運動不足・糖尿病、最近では大気汚染もリスクとして挙げられています。

12の危険因子を全部合わせると40%となり、これらのリスクを全部管理すると世界の認知
症の40%を減らすことができると言えます。つまり認知症の危険因子を減らすことが予防
につながります。

子どもの頃から認知症予防は始まっている

今後アルツハイマー病の治療法、予防法の開発が加速してくると、発症を未然に防ぐ上で大事なことはアルツハイマー病を発症前の未病の段階から見つけることです。

最近では微量の血液でアミロイド(アルツハイマー病の原因物質の一種であるアミロイドβ蛋白)を測定できるようになってきており、そういった簡便な診断マーカーの開発が進んでいます。そういうマーカーが確立したら、中年期の検診でアミロイドが血液検査の項目に入ってきて、そこで引っかかったらPET(アルツハイマー病の診断に用いられる脳画像検査の一種)や髄液で詳しく調べるという流れになってくると思います。

子どもの頃から認知症の予防は始まっているとも言えます。詰め込み式の勉強がいいかどうかは別にして、いろんな経験や学習を子どもの時にしっかりさせることで脳のネットワークが強化され、子どもが高齢になったときに認知症予防効果を発揮すると考えられています。

認知症予防として、中年期になったらメタボ対策、高齢期は廃用症候群の対策が重要です。会話だけでも言語中枢が刺激されますので、デイサービスとかに行くだけでもいろんな人と話をしますので、そういったことも認知症予防の効果があるのかなと思いますね。
 

名医のいる相談室
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