佐賀県内に記録的な大雨が降った「佐賀豪雨」から、8月で2年が経つ。
武雄市で被災した聴覚に障害がある男性は、「雨の音が聞こえず、泥臭い臭いで目が覚めた」と、当時の状況を話してくれた。

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武雄市にある高橋駅のほぼ正面。40年以上暮らした家の場所は、きれいなさら地になっていた。
平原圭介さん(45)。生まれつき、耳がほとんど聞こえない。佐賀豪雨の日は、いつものように家の2階で寝ていた。

聴覚障害者・平原圭介さん:
雨の音は聞こえなかった。寝ているときは補聴器を外す。音ではなく、泥臭いにおいで目が覚めた

2019年8月28日当時のリポート:
どこが川で、どこが道路なのか、境目が全く分からなくなっている。車が動けなくなっている。今1台大きな車が来たが、大きな波をたててゆっくり進んでいる

雨の音が聞こえなかった平原さん。起きたときには、家の前の道路はまるで川のようになり、大型トラックも流されていた。

聴覚障害者・平原圭介さん:
起きてからまず最初に心配だったのは、下(1階)の息子がどうしているかが気がかりだった。息子にメールをしたが、返事もなかった

高校生の息子が寝ていた自宅の1階は、完全に浸水。息子は自力で駅に避難し、消防に救助されていた。

2019年8月28日当時のリポート:
佐賀県武雄市の上空、広範囲にわたって、あたり一面が浸水しています

各地で冠水し、救助される住民も相次いだ武雄市。自宅にいた平原さんも消防から避難を促された。
しかし、身の危険より周りの人とコミュニケーションがとれるか不安で、あえて断ったと言う。

聴覚障害者・平原圭介さん:
(避難所で)情報がきちんと自分に届くのか不安があって、避難しなかった。もし避難する場所がきちんと、ろうあ者(聴覚障害者)に合った利用しやすいものだった場合は避難したかもしれない

避難所には行かず、自宅にとどまることを決めた平原さん。給湯器が壊れていたため、水風呂の毎日だった。

聴覚障害者・平原圭介さん:
困ったことは情報が届かないこと。自衛隊が準備した風呂や食事の配給、り災証明書などいろんなことを後から聞いた

被災した自宅1階の様子

自衛隊の入浴支援は、武雄市では豪雨から3日後に始まっていた。
しかし、平原さんがそれを知ったのは、約2週間後だった。

聴覚障害者の立場から防災を模索

現在は、武雄市内の市営住宅に引っ越している。
2020年6月、県聴覚障害者協会の事務長に就任した平原さん。豪雨での自分の経験を広く伝えようと、当時の記録を17分の映像にまとめている。

聴覚障害者・平原圭介さん:
一般的に聴覚障害者は(周囲と)付き合いがないと理解してもらえない部分がどうしてもある。聞こえる人から見てもコミュニケーションの方法などどうすればいいのか、わからない人が多いと思う

県内の聴覚障害者は約3,600人。
平原さんは、作成したDVDを県内の手話サークルなどに寄付し、聴覚障害者の立場から防災を模索している。

聴覚障害者・平原圭介さん:
災害が起こったときに情報をまず頂きたい。地域のみなさんにも協力してもらえたら

平原さんは、具体的には、例えば行政から個別にメールやFAXなどで食料の配布や入浴支援の情報がもらえるとありがたいと話していた。

(サガテレビ)