発災からわずか20日後に撮った写真には、真新しい法被に身を包み笑顔を見せる女性たちが写っている。

発災から20日後に撮ったさくら会の女将たち
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人吉市内10件の温泉旅館の女将たちで作る「さくら会」。
豪雨災害で甚大な被害を受けながらも、ただ一つとして「廃業」を選択する旅館はなかった。

客室に残された"感謝"に涙

あゆの里 女将・有村政代さん:
お互いにお元気なのかなとか、そういう近況が全然分からなかったので、最初に会ったときは涙が出るくらい感激しましたね

人吉の観光を支えてきた温泉旅館。
あの日、壊滅的な被害の中で最優先したのは「宿泊客の命」だった。
球磨川沿いに立つ「あゆの里」も、当時100人の宿泊客が旅館の中に取り残されていた。
従業員もほぼ全員が被災。それでも不安に駆られる客に寄り添った。

あゆの里 女将・有村政代さん:
幸いにガスがあったんです。電気はだめだけどガスでご飯を炊いて、社員が団結して作り上げて、真っ暗な状況で、電気もつきませんので、非常階段から運んで、1部屋1部屋お届けした

当時の旅館内

そして翌日、バスを手配し客の命を守り抜いた。
「あゆの里」だけではなく、ほかの旅館も同じで、この豪雨災害による宿泊客の人的被害は1件も出なかった。

バスで帰宅するお客たち

そして始まる復旧に向けた長い闘い。
しかし、客が帰ったあと、思わぬプレゼントが残されていた。

「大変な時に準備いただいてありがとうございます」
「このことは一生忘れません。本当にありがとうございました」

客室に残された感謝のメッセージ

それぞれの客室に残されていた感謝のメッセージ。
中には、復旧活動の足しにと現金も置いてあった。

あゆの里 女将・有村政代さん:
社員みんな涙を流していました。そしてホッとしましたね。
お見送りしたということで、それから自分のことを、それぞれ家も被災しているところもあるもんですから、そういう準備に向かったわけです

たくさんの支えと励ましの声により、徐々に元の姿を取り戻しつつある「あゆの里」。
8月30日に営業再開する予定。

あゆの里 女将・有村政代さん:
球磨川と人吉城址の眺め、これは最高です。だからここを守っていきたい。どんどんお客さまに来ていただくのをお待ちしています

有形文化財活かし再建へ

明治時代から続く「芳野旅館」。

ーー1年経つがまだ骨組みなんですね?

芳野旅館・田口善浩支配人:
そうですね。ちょっと仮張りの状態なんですけど。泥出しして壁落としした状態のままですね

母屋をはじめ、建物の大部分が国登録の有形文化財に指定されているため、復旧には時間がかかる。

芳野旅館・田口善浩支配人:
旅館は商品が建物なので、来てもらわないと売ることができない。建物が復旧して来てもらって、初めて商売として成り立つ。そのもどかしさはすごくある

それでも、もう一度再建へ動き出したのにはある理由があった。

芳野旅館・田口善浩支配人:
泥まみれになった状況を見たときは、もうダメかなと思ったし、自力で再建できるのかという不安もあったので、(廃業を)決断するならその時かと思ったこともあった。
でも温泉が出ていて、それを見た時に温泉が出ているならやれるかなと思った

芳野旅館・田口善浩支配人:
代々つないできたものなので、絶やすわけにはいかないというのと、待っているお客さんがいらっしゃるので、それが一番の励みになっている

ホースから出る温泉

「たとえ時間がかかっても、もう一度この場所で」
現在は軒先におしゃれなコンテナを構え、自慢の料理を提供している。

芳野旅館・田口善浩支配人:
町の人も、「芳野さんやってるね」と、「復旧に向けて動いてるね」と見てもらえる。少しずつ進めてるというのを見てもらおうかなとやっている

「芳野旅館」は、2021年の秋にも一部で営業を再開。
受け継いできた文化財を最大限残しながら、リニューアルして2022年秋の全面再開を目指す。

"あの日"から間もなく1年。
「さくら会」に所属する10軒の旅館のうち現在、再開しているのは4軒。全ての旅館が復旧するにはもうしばらく時間がかかる。

「これからも球磨川とともに」
また全国からの客を笑顔でおもてなしができる日を、それぞれが待ち望んでいる。

(テレビ熊本)