闇チャットアプリAn0m搭載のスマホ

きっかけはトルコ系移民の子としてオーストラリアで生まれたハカン・アイクという名の大物犯罪者だったらしい。

この麻薬犯におとり捜査員が渡し信用させたのがAn0mという闇チャットアプリ搭載のスマホで、それから間もなく、口コミでこのアプリ搭載スマホは麻薬犯罪ネットワークに浸透していったという。

FBIやアメリカの検察当局の現地時間8日の発表によれば、最終的には1万2,000台が100以上の国にまたがる300以上の犯罪組織によって使われたらしい。

このアプリによるチャットの中身は触れ込みでは外部には絶対バレず、すぐ消えるはずだった。それ故、犯罪者たちは麻薬の密輸ルートや隠ぺい方法、マネロンによる決済法などを堂々とやりとりしていたのだが、実際にはFBIが1年半以上に渡って全てモニターし、合計2700万以上のメッセージを収集したという。

中には麻薬を隠したツナ缶や果物の写真が送信されたケースもあったという。

“トロイの盾作戦”の逮捕者は800人

結果、一斉摘発の逮捕者は約800人に上り、コカイン8トン、マリファナ22トン、覚せい剤2トン、銃や現金などが押収され、50以上の麻薬製造・処理工場が破壊された。

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逮捕者の容疑の詳細や彼らの氏名・国籍、捜査の過程などは法廷で明らかにされるまで詳らかではないのだろうが、この囮捜査をFBIは“トロイの盾作戦・Operation Trojan Shield”と名付け、オーストラリアやカナダ・ドイツ・スウェーデンなど全部で16か国の捜査当局と協力し、密かに遂行した。

因みに日本の名前は、ユーロポール・欧州刑事警察機構が列挙した協力国のリストに入っていない。しかし、だからと言って日本の当局が全く関わっていなかったとは限らない。実際、囮に使われた闇チャットアプリ搭載スマホが使用された国の中には日本も入っている。

大規模国際捜査成功の鍵

それにしても、これほど大規模の国際捜査が未然に漏れず成功したのか、鍵は二つあるらしい。

BBCに登場した専門家氏によれば、一つは功を焦らずに十分に機が熟すのを待ったこと。

だからこそ、この囮アプリは犯罪ネットワークで徐々に信用を得て広まり、FBIに2700万通ものメッセージを収集するチャンスを与えた。ある種の“泳がせ捜査”を大規模に長期間に渡って遂行した成果ということになる。

きっかけになったハカン・アイク容疑者もこの闇チャットアプリが囮とは露にも疑わず、仲間に推奨したらしい。

これまたちなみに、海外逃亡中のアイク容疑者にオーストラリア連邦警察は出頭を呼び掛けている。仲間に消される恐れがあるからと。

もう一つの鍵は、闇社会での“マーケッティング”を上手くやったことらしい。

国際麻薬ネットワークなど犯罪組織は、捜査当局にばれないコミュニケーション手段を常に求めているのだが、そうしたサービスを提供して対価を得ようとする犯罪者グループもまた存在する。実際に今回囮に使われたAn0m以外にも闇チャットアプリは先行して存在していたらしいのだが、そうした先行アプリが先に摘発された結果生じた空白に囮アプリ・An0mが浸透したらしい。FBI等の捜査当局はこうした空白を作り出す為に先行闇アプリを狙った可能性もあると見られている。

今回の一斉摘発は国際犯罪ネットワークにとっては大打撃になると見られている。

何よりも彼らが安心して使えるコミュニケーション手段がまた一つ減ったからで、これによる国際麻薬取引等の減少が期待されている。

【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。