自分の顔を見ると、やる気がアップ?
自分の顔を見ると、仕事などのやる気がアップする可能性がある。このような研究結果が4月16日、イギリスの科学誌(Cerebral Cortex)に掲載された。
研究を行ったのは、大阪大学大学院の中野珠実准教授らの研究グループ。
自分の顔の情報が、意欲ややる気を引き起こす“ドーパミンの報酬系”を活性化させることを、世界で初めて明らかにしたのだ。
中野准教授らの研究グループによると、人は、自分の顔が表示されると、他者の顔よりも素早く、正確に反応することが知られている。しかし、こうした反応を生み出す脳の仕組みはこれまで明らかになっていなかった。
そこで研究グループは、複雑な形の絵(=マスク刺激)を、自分の顔の前後で表示することで、自分の顔の情報が意識に上らない(サブリミナル)状態にして研究。そのうえで、自分の顔と他者の顔に対する脳の活動の違いを調べた。

その結果、被験者は自分の顔が表示されたことに気づいていないにも関わらず、脳の深部にある「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という場所が、自分の顔に対して強く賦活(活力を与えること)することを発見した。

これは、自分の顔の情報が入ると、意欲や、やる気を引き起こすドーパミンの報酬系の中枢が自動的に活性化し、その結果、自分の顔に対する注意が高まり、情報処理が優先されることを示唆しているとのだ。
ということであれば、意識的に自分の顔を見ることでやる気をアップさせることもできそうだが、具体的にはどのような方法でどのようなペースで自分の顔を見ればよいのか? また、“盛った顔”と“盛っていない顔”で効果に違いはあるのか?
大阪大学大学院・生命機能研究科の中野珠実准教授に話を聞いた。
「潜在意識レベルで自分の顔はモチベーションをアップさせる可能性」
――今回の研究ではどのような実験を行った?
20代の女性22人に実験に協力してもらい、サブリミナル提示といって、意識的には顔が表示されていることに気づかない状態で視覚刺激を表示し、その時の脳活動をMRIという脳を測定する装置で計測し、自分の顔と他者の顔の間で脳活動に違いがあるかを調べました。
――今回の研究結果は、つまり「自分の顔を見ると、仕事などのやる気がアップする可能性がある」という認識で大丈夫?
今回は、顔を過度に加工して魅力度を変化させても、脳の活動に違いはありませんでした。ですので、「自分の顔は、美醜に関わらず、潜在意識レベルでは、自動的にモチベーションをアップさせる可能性がある」というのが、より正確な説明になると思います。
――“他人の顔”よりも“自分の顔”を見たときの方が「腹側被蓋野」が強く反応。理由としてはどのようなことが考えられる?
自分に関する情報は、生体にとって非常に価値のある情報なので、その情報をもっと入手しようとして、報酬系のセンターである「腹側被蓋野」が賦活(活力を与えること)して、ドーパミンを脳内に出しているのだと考えられます。

――この「報酬系」とは何?
報酬系というのは、価値のあるもの(報酬)が得られそうなときに、ドーパミンという物質を脳の中に分泌して、モチベーションや行動が強化される仕組みです。
例えば、覚せい剤などの薬物依存は、ドーパミンの濃度が上昇することで、もっと薬が欲しくなります。パチンコや競馬なども、この報酬系が働く(ドーパミンで出る)ことで、「もっとお金を入手できるのではないか」と期待して、それにつながる行動にはまる仕組みです。
――「腹側被蓋野」は、どのような役割を果たしている?
ここは、ドーパミンを生成して、脳の他の場所に、報酬が得られそうだという信号を伝える領域です。
人間は潜在的に「自己愛が高い生き物」であることが示された
――ちなみに他人の顔写真を見た時には、脳はどのような反応を示した?
扁桃体といって、不安や恐怖に反応する脳の場所が活動しました。
――今回の研究結果、どのように受け止めている?
人間は自分の顔に対して、潜在意識レベルで報酬系が働くということは、人間は潜在的に「自己愛が高い生き物」であることが示されました。SNSで自分の顔をアップロードしたり、化粧や美加工、美容整形にハマってしまうのも、報酬系が働くからです。
ただ、気を付けないと自分の顔に取り憑かれるリスクもあると思います。
ごく短い時間の”顔の表示”でやる気がアップ
――では、自分のどのような顔をどのぐらいのペースで表示させれば、やる気がアップする?
今回の研究のサブリミナル提示では、0.025秒で提示しているので、ごく短い表示で効果があります。
――やる気のない自分の顔を見ても、やる気がアップする?
意識的に、自分の冴えない顔を見ると、恥じらいや残念な気持ちなど、高次(高い次元)の負の情動(一時的で急激な感情の動き)が湧き上がります。その場合は、報酬系は働きません。
しかし、無意識だと、自分の顔であれば、美醜に関わらず報酬系が働いて、自動的にその情報への関心が高まるので、サブリミナルな提示であれば、やる気のない自分の顔でも効果はあると思います。
――“画像を加工するなどして盛った顔”と“盛っていない顔”では、やる気のアップに差が出る?
サブリミナル提示(ごく短時間提示)だと、“盛った顔”でも“盛らない顔”でも自分であれば、報酬系が働きます。
サブリミナル提示ではなく、意識的に見るような刺激の提示の場合、適度に盛った顔だと報酬系が働きます。一方、変な顔だと、報酬系は働きません。

――今回の研究結果を応用して、個人がやる気をアップさせるためには、どのような方法、どのようなペースで自分の顔を見ればよい?
頻度は何とも言えませんが、例えば、ちらっとだけ自分の顔を見るような方法だと、よいのかもしれません。
オンライン会議の画面表示はON?OFF?
――オンライン会議では画面表示をOFFにすることもできる。ONにした方がやる気が持続するもの?
意識的に見ることになるので、「イケてる」と自分が思えるときには報酬系が働いて、よいと思います。しかし、自分的に「イケていない(=あまり良いと思えない)」ときには報酬系は働かないので、やる気は湧かないかもしれません。
意識的でも無意識的でも、自分の顔にはつい注意が向けられてしまうので、オンライン会議で自分の顔がONの状態だと、ついつい自分の顔にばかり目がいってしまうかもしれません。
――今回の研究結果はどのようなことに応用できそう?
自分の顔を提示して、その場所に対する注意を惹きつける、というような応用もできると思います。

大阪大学大学院の中野珠実准教授らの研究グループが示した、「自分の顔はモチベーションをアップさせる可能性がある」という研究結果。この研究結果を仕事などに活かすためには、自分の顔を見続けるのではなく、ちらっと見る程度が良いようだ。
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