フランスで生活したことがある人であれば、政治は日常会話の中心となっていることはご存じだろう。フランス人は若いころから家庭内や知人同士で、政治について議論する。政治は生活に直接影響するため、老若男女を問わず関心は高い。

そのフランスでは1年後の2022年春、大統領選挙が行われる。マクロン大統領はまだ再出馬の意志を明らかにしていないが、候補者が次々と名乗りを上げ始めている。最新の世論調査では2017年同様、マクロン大統領(43)と、極右の国民戦線を率いるマリーヌ・ルペン党首(52)が決戦投票に進む可能性が高いと見られている。新型コロナウイルス対策の成否が最大の焦点に浮上する中、マクロン政権が展開するコミュニケーション戦略に注目してみた。

選挙人のターゲティング戦略

2017年フランス大統領選挙で投票する人々
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選挙キャンペーンにおける時代に合わせたコミュニケーション戦略は国によって事情が異なる。しかし、現代のデジタル化の発展により先進国においては、SNSが1つのカギとなっているのは明白だ。

かつてのフランスの選挙キャンペーンと言えば、政治家が国民の元に歩み寄るなどのスキンシップ戦略や、テレビなどに出演するといったイメージ戦略が一般的であった。しかしこれだけでは国民の一部の層にしか訴えが届かないことから、今はネット世代を狙った新たなコミュニケーション戦略が繰り広げられている。

前回選挙における投票行動の分析

大統領選はフランス国籍を持つ18歳以上が選挙人として投票できる。1回又は2回の投票結果により大統領が決まる仕組みだ。1回目の投票で過半数の票を得た候補が大統領になる。過半数に達する候補がいない場合は、上位2名による決選投票となり、得票の多い方が当選となる。

2017年にフランス共和国の大統領に当選したのはエマヌエル・マクロン氏だ。

フランスのマクロン大統領

選挙キャンペーン開始の際は、世論調査で3位と伸び悩んでいた。しかし一番人気の候補者が汚職問題により支持を減らし、1回目の投票の結果、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首との決選投票に進むことになった。

第2回投票ではマクロン氏が66.1%、ルペン氏が33.9%と、マクロン氏の圧勝に終わった。しかし、これはあくまで有効投票の内訳である。注目すべきは有権者数の実に25.4%が投票を棄権したという事実だ。これは大統領選の決選投票の歴史の中でも1969年の31.1%に次ぐ高い棄権率である。さらに、この数字に白票や無効票などを加えると、どちらの候補者にも投票していない有権者が34%に上る。2022年の大統領選に向けてはこの34%にも及ぶ「投票していない有権者」の支持獲得が勝敗を分ける重要なターゲットになりそうだ。

2017年フランス大統領選 年齢別投票率表 (資料:INSEEより)

一方、上の表を見ると18歳-29歳のうち投票を2回とも棄権した人が2割を超えていて、他の年齢層に比べて高いことが伺える。しかしそれは若者が政治に無関心だからではない。前述したようにフランスの若者は政治への関心が高い。

フランス育ちの私も現地校に通い友達との間で政治や改革について議論した。

思春期の反抗に近い感情だ。18歳で成人したとは言え理想と現実の狭間に置かれ、政治への不満や政権に反対するのが「カッコイイ」と勘違いしていた自分がそこにはあった。ある意味、政治を理解しているから世の中の問題をすべて理解していると誤解していた。若さゆえのそうした誤解は、今の若い世代にも多いだろう。

これまでも若者層の支持を獲得しようと、政治家が学校や大学を訪れる光景は多く見られた。それでも若者達には「自分たちは理解されていない」という不信感が根強い。そのため若者は反政権側に投票したり棄権したりする結果になるのだ。

2017年フランス大統領選 第一回目の投票・候補者/票数 (資料:IPSOSより)

一方、2017年の大統領選で若者から最も支持を得たのは極左「不服従のフランス」のジャン・リュック=メランション党首だった。人気の理由はネット世代に寄り添う姿勢だ。メランション氏は当時、政界初となるユーチューブチャンネルを立ち上げたほか、二カ所で同時に集会を開き、自分がいない会場では、ホログラム(リアルタイムで光の立体映像を映し出す)を登場させるなど、若い世代に向けて新しい政治活動の形を提示して話題を呼び、人気となった。政治に不満を抱いている若者にアピールするには、自ら政治を改革する姿をいかに若者に伝えるかがカギとなったのだ。

認知度を上げようとメランション氏はいち早く若者票を獲得する対策を取った。一般メディアへの露出だけでは当選はおろか、議会の議席獲得も望めない状況だったが、戦略を変えると「不服従のフランス」は選挙で4番目に支持の多い党となった。ただ一方的に改革を訴えるのではなく、「誰のために、何のために、どのような形で」演説を行うかを重視した。それはネットの利用価値を存分に引き出す結果となった。

そして選挙後のフランスで、「デジタル化」の波は加速した。新しく誕生したマクロン政権は、フランス版のシリコンバレーを設立し、ベンチャー企業やデジタル産業を育てる改革に早々に着手した。

一方で燃料税改革をきっかけに隠蔽問題が重なり国民の不満は爆発し、1年以上続いた黄色いベスト運動で政権と国民の間には大きな溝ができた。支持率は低迷し、さらに新型コロナウイルスのパンデミック宣言が国民の信用を取り戻そうという政権の思惑を断ち切った。

しかしそんな中、政府は2022年の大統領選を見据え始めた。コロナ禍の真っただ中ではあるが、選挙に向けた運動は始まっている。

政権のネットプレゼンス強化

ネットメディア・ブリュット(BRUT)の単独インタビューに答えるマクロン大統領  2020年12月4日

2020年末、マクロン大統領は周囲を驚かせる行動に出た。これまで大統領は、テレビのインタビューに答えるのが一般的だったが、マクロン大統領はネットメディア「ブリュット(Brut)」の単独インタビューを受けたのだ。テレビだと編集されたり、放送時間が決められていたりするが、より効率的に発信するにはネットメディアしかないと踏んだのであろう。

インタビュー中、2022年の大統領選に出馬するかを問われた大統領は「今現在、私には回答する権利はなく、立候補者としての立場になる心情ではない」と明言を避けた。

一方で若者の多くが注目している環境問題や人権問題などが議論された。若者の将来や世の中の今後について不安を抱くネット世代に直接話しかける為には、ネットでの存在感が欠かせないのが現状だ。

インタビューは複数のプラットフォームで2時間半もの間、同時生配信された。その結果、若い世代(15~34歳)の5割以上、およそ700万人が視聴した。若者層へのアピールという点では大成功に終わった。

政権側はさらに、配信後にインタビューを短くカットしSnapchatやTiktokなど若者に人気のアプリに投稿し、中には再生数が1億回に上るものもあった。

波に乗った政権側はそれからさまざまな企画を実行した。

例えば、645万人のチャンネル登録者を誇る二人組のマクフライ&カーリト(「Mcfly et Carlito」)チャンネルは視聴者からの挑戦を受け動画コンテンツを作成する企画が、若者の間で人気だ。

その二人組のチャンネルに、ある日、マクロン大統領がこのチャンネルに「挑戦状」を送りつけた。新型コロナウイルスの感染防止対策についてコンテンツを作成し、もし再生1000万回を達成できたら大統領府エリゼ宮でユーチューブ用の動画撮影を許可する、という内容だった。

有名フランスユーチューバーに挑戦動画を送ったマクロン大統領(「Mcfly et Carlito」チャンネルより)

大統領から直々に挑戦の動画を送られた二人は、政治利用されることは承知しつつも「感染を断ち切るためになるのであれば」と挑戦を受けて立った。また、投稿による収入はすべて学生団体へ寄付すると約束した。

そして後日、投稿されたのは「思い出す」(「Je me souviens」)と言うタイトルの音楽動画クリップ。再生数は投稿2日で見事に1000万回を突破した。

「Mcfly et Carlito」チャンネル「Je me souviens」より

マクロン政権による若者へのアプローチは止まらない。大統領の次は政府スポークスマンがゲーム用の動画配信プラットフォームTwitchで配信を行ったり、首相がネットの生配信で視聴者の質問に答えたりとアピールが活発化している。ネットではもちろんコンテンツの内容が重要だが、政治家にとってネットに「先出し」することは知名度を上げるためにも重要だ。

ただ、単に話題性を狙った単発的な戦略だけではネット世代の支持は得られない。彼らはSNS上の「ランキング」や「キーワード」で常に新しいものを追い求めていて、単発的なものは、結局次の話題にかき消されていくからだ。

2020年大統領戦の動向と展望

年齢別・月/テレビ視聴時間図 2020年3月・コロナウイルス感染拡大により仏で初めての原則外出禁止 (資料:MEDIAMETRIEより)

フランスでも若者のテレビ離れが進み、ネットを通じた情報収集が主流となる中、果たして若者はニュースを継続的に見ているのか、或いは興味を持って調べているだろうか。

ニュースを職業にしている私も1分のニュースを理解するために、それまでの時系列による情報の蓄積があるからこそ理解できる場合がある。

しかし、同じ1分で社会の出来事を若者に伝えるためには細かな内容より、その情報を面白いと思わせることが重要になる。

政権が若者にアプローチするため、ネットに特化したメディアを選ぶのはある意味当たり前なことだろう。政治家は遠い存在ではなく若者に近いと言う印象を植えつけるのが目的だ。

特にコロナ禍で最も苦境に立たされているのが若者と高齢者とされる中、政権が若者を「忘れていない」と言うメッセージを送ることは、次期大統領選に向け効果的で重要な一手となる。

ただ話題性にばかりこだわった内容も多く、こうしたやり方では2022年の選挙を迎える前に忘れ去られてしまうのではないだろうか?

フランスパリ 支援や大学再開を求める学生デモ(2021年1月20日)

それに、ネットだけでは届かないメッセージもある。多くの学生が収入源としていた飲食業のアルバイトも無くなり、孤立し、まともに食事をとるのも難しくなっている。こうした状況を受けマクロン政権は様々な対策を発表しているが、それでも足りないと訴える学生運動が続いている。

前回の大統領選では極右又は極左に投票が集まったのも事実だ。再出馬に向け、ネットへの取組を加速するマクロン政権。そのアピールは果たして実るのか?

その結果は2022年の大統領選で明らかになる。

【執筆:FNNパリ支局 小林善】