コロナ禍で苦境に陥った広島市の自動車修理工場でスタートした取り組みが、マニアを発信源に広く話題を集めている。

セイコー自動車では、廃車寸前のような車も元通りに

颯爽と走るコチラの車。マツダが誇るスポーツカー「ロードスター」。
海外でも愛好家が多い初代ロードスターが発売されたのは、今から30年以上も前。

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ボディーには凹みや傷もなくピカピカの状態。
大切に使われたのかと思いきや…

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
これは、もともと廃車寸前のような車を再生して、ここまで乗れるようにしました

そう話すのは、セイコー自動車の清金誠司さん。
創業51年。広島市安芸区で、自動車修理工場を経営している。

セイコー自動車では、主に、車の板金塗装やボディーのへこみや傷を直して、元通りの綺麗な状態にするのが仕事。

例えば、こうした傷も。
ハンマーで叩いてデコボコをなくし、表面をきれいに削って、コンマ数mmの薄さで補修材を塗り、塗装をすれば修理完了。
表面に浮き出ていた傷は、15分程でなくなった。

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
事故で落ち込んでいるお客さんが、車がきれいになって喜んでもらえるということも、何度もありましたし、お客さんから「本当にきれいになった。ありがとう」と言ってもらったときは、うれしかったですね

事故車両の板金・塗装を行うセイコー自動車だが、新型コロナによる緊急事態宣言では、思わぬ形で、仕事に影響が出た。

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
物流も減るし、人出も減ってくるので、交通量も減ってくる。そうなるとやっぱり、事故っていうのも、当然大きく減っていきます

例年に比べて、売り上げは50%も減少。
新たな事業を模索する中で、清金さんは、父親のことを思い出した。それは…

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
父がレストアした、イギリスの車です

「レストア」は、老朽化などで使えなくなったものを修復して再生させること。
清金さんのお父さんは、休日や仕事終わりにコツコツと作業をし、約2年かけてこの車を復活させた。

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
バラバラに分解してフレームから修理した車です。ドアはもともと、中が木枠だったんですけど、中の木をとって、鉄板から加工して、曲げてつくった。ドアとか、燃料タンクとか、手作りでつくった車です。

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
自動車の修理が少なくなってきたら、こういった仕事もあるんだよっていうので、先代が技術を残してくれた車です。新しい事業は何かないかなっていろんなことを考えたんですけど、先代のその言葉を思い出して、ロードスターのレストアを手掛けてみようかなと思った

初代ロードスターが誕生したのは1989年。
当時の自動車業界では作られることの少なかった2人乗りのスポーツカーは、世界中で大ヒット。

今も愛好家が多く、セイコー自動車でも何度も修理を手掛けたこの車を専門にレストアしてみようと考えた。

とはいえ、もともと専門は板金塗装。
エンジンや、内部の知識は、全くといっていいほどなかった。そこで…

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
ロードスターの開発された方の本を、みんなでずっと読んでいるんですね。開発された方の思いとかを修理に活かせるんじゃないかと思って

セイコー自動車スタッフ:
こういう感じでなんとか頑張ってつくられたんだって、だからこういう形になったんだって、それはしょうがないよねとかって作り手の思いまでわかるので、ちゃんとやらなければなって。普通の修理だったら、お客さんから言われた箇所を、物を替えて返していたっていうのが、レストアになると、車全体のことをやらせてもらえるんで、初めての経験で、正直言ってワクワクしてやっています

「レストアを始めた」と客にも届き、新たな依頼が

ロードスター専門のレストアを始めたという話が広まると、これまでになかった依頼も来るようになった。

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
10年間、納屋の中でずっと保管されていた車を復活させたい、というご要望を受けて、作業を進めている車なんです

車のオーナー:
いつか直したいとはずっと思っていたので、静岡のほうのショップとか、いろいろ探していたんですけど、たまたまネットで見て連絡しました。楽しみですね。ロードスターは、運転していてすごく楽しい車なので、待ち遠しいです。早く、奥さんと子どもを乗っけて走りたいですね

セイコー自動車スタッフ:
やっぱりお客さんの思いがあってこそなので。思いがあればこっちもそれに応えたいと思う。日常を走ってもらえたら、こっちもうれしいので

セイコー自動車代表取締役・清金誠司さん:
いまは始めたばかりなので、まだ小さい小さい枝で、これを大切に大切に、5年後10年後に大きな樹に育てていけるように、いまからしっかり、準備とか勉強とかを、いまだからそういう手を打つ

(テレビ新広島)