文科省が始めた令和の日本型教育を目指すプロジェクト「#教師のバトン」。

学校現場の改革事例を共有しようとスタートしたものの、先生たちから寄せられたコメントの多くは職場環境への怒りや嘆きだ。

しかし嘆いてばかりはいられない。先生が子どもたちとの学びの中で、マインドセットを変え再び輝くための取り組みを取材した。

偏差値教育の弊害を超えた探究的な学び

大阪府茨木市にある追手門学院中・高等学校では、2020年度から「探究」を正式な教科としている。探究教育の中心的存在が池谷陽平先生だ。池谷さんは以前公立高校で勤務していたとき、理想の教育方法を探し着目したのが探究学習だった。

池谷陽平先生「偏差値の裏に隠れた子どもの何かをちゃんとみてあげたいと考えた」
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「大阪では国公立大学の入学実績で高校の評価が決まることが多いのですが、その中では子どもたちの活力や自己肯定感が高まらない。偏差値教育の弊害は大きいなあ、偏差値の裏に隠れている子どもたちの何かをちゃんとみてあげたいと考える中で、探究的な学びが必要なのではないかと考えました」

一般的な探究学習では、ある社会課題をテーマにして解決方法を子どもが議論するかたちが多い。しかし池谷さんは「それだけでは意味がない」と語る。

「実は追手門学院では社会課題を投げかけることはしていません。みんなで貧困問題について考えましょうと言ったところで、その問題に共感をもっていない子どもたちが表面上のプレゼンテーションで終わるのでは意味がないと思っています」

自身を知りマインドセットを変える探究学習

追手門学院の中学生から高校1年生で行われている探究学習では、自分の生活や学びの中から問題を発見することに重きを置く。そうやって自分の見えている“世界の解像度”を上げ、「徹底的に自分を知る」ことを目指す。

「例えば高校1年生で自分が意識的・無意識的に持っている価値観をアートで表現することを行いました。好きなこと、身近な出来事などから掘り下げて自分の価値観を作品にし、さらにその作品をほかの生徒がどう見ているのか聞き対話をすることでお互いに新しい発見を繰り返す。こういうクリエイティブな経験こそが、高2高3になってから情熱を持って行動に移すことにつながるのではないかと考えています」

「自分の価値観を作品にし、対話することでお互いに新しい発見を繰り返す」

授業を終えた中学の生徒たちは「探究の授業で自分についてより深く考えようとした」「想像力、創造力が確実に上がったと思う。正解がないからそんな考えもあるなと捉えるようになった」と語ったという。

「絵画や音楽を使って視覚や聴覚など1つの感覚に集中することで、自分の感覚に敏感になって『自分はこういう時こう感じるんだ』と気づきを得ていくことになります。特に中学生は自分自身を理解していると実感しはじめると、授業の受け方も変わってきます。まさにマインドセットを変えるところから始まるわけです。その気づきにはリフレクションが必須だと実感しています」(池谷さん)

子どもたちは自身を理解していると実感すると授業の受け方も変わる

探究学習を通じ変化は先生のほうが大きい

こうした探究学習を通してマインドセットが変わるのは子どもたちだけでない。

池谷さんは「実は探究学習を通じた変化は、子どもたちより先生のほうが多くあります」という。

「授業のプログラムは探究科の先生たち6人がディスカッションをしながらつくっていきます。先生はいわゆる学校の会議とは違う、常にブレインストーミング、リサーチ、シェア、フィードバック、リフレクションをやる。こうすると先生自身が学び相手の意見を尊重するチームが生まれる。目が外にも向きますし教育に対する意識も高まります」

池谷さん「実は変化は子どもたちより先生のほうが多くあります」

こたえのない学校が先生に伝える「自ら学ぶ」

「『探究』する学びをつくる」の著者藤原さとさんは、自ら一般社団法人こたえのない学校を設立し、学校の先生や教育関係者向けに8カ月の長期にわたって、教育者が自らプロジェクトをチームで生成していく育成プログラム「Learning Creator’s Lab」を2016年から実施している。このプログラムには探究学習を現場で実践したい先生たちが全国から集まってくる。参加者の約半数は公立校の教師だ。

「『探究』する学びをつくる」の著者藤原さとさんは自ら「こたえのない学校」を設立

藤原さんはいう。

「先生からよく『正しい探究の方法を教えてほしい』と言われます。でも探究というのは、そもそも教えてもらうものではなく『自ら学ぶ』の世界なんです。なので答えは自分の中に探すしかありません。まずそのマインドセットの改革が必要になります」

「先生の尊厳の回復を実現したい」プログラム

「Learning Creator’s Lab」の参加者は世界で認められているいくつかの探究の主要理論を概観した上で、5名前後のチームをつくり探究するテーマを自ら決めて一から作っていく。その過程ではチームがお互いに助け合い、アドバイスし合いながら進めていく。

「あるチームは公立中学の校庭で小さな家を実際に作るプロジェクトをしました。教室のある子の成長をストーリーとして追い続けたチームもありましたね。昨年は新型コロナの影響でリアルプロジェクトができなかったので、高校と小学校の先生がチームを組んで“木”をテーマにオンラインで学び合いました」

藤原さんはこのプログラムを通じて「先生の尊厳の回復を実現したい」と語る。

「いま現場の先生と話をしていると、求められている授業像というものがあり、それを“上手く”進めるかどうかや、教室を荒らさないかどうかで評価され、苦しくなっているように見えます。しかし探究する授業改革は初めてのトライとなるわけだから、時には失敗することもあります」

一方で不確実性が増す時代に、子どもたちは初めての経験でも失敗を恐れずにチャレンジしなければならない。

「そうだとしたら先生は子どものモデルとなるべく、不安があっても失敗をしてでも前に進み続けるべき。そうした気概のようなものを培うことと同時に、授業変革の困難をお互い支えられるような仲間づくりをしています」(藤原さん)

Learning Creator’s Labの参加者ら。藤原さんは「プログラムを通じて先生の尊厳回復を」と語る

探究学習ができるような時間の確保を

藤原さんによるとこの数年、地域によって違いはあるもののLearning Creator’s Labの卒業生を含め周りの教師がどんどん公立の学校を辞め、私学や民間に転職するという現象が起きているそうだ。またうつ病などで苦しむ先生も少なくないという。

「強い意志をもって公立に踏み止まっている先生もいますが、仲間の転身をみて心が揺れているように思います。転職する先生の中でも、実は心の底では経済的に困難な状況にいたり、さまざまな障がいのある子たちも包み込む公教育にこそ貢献したいと思っているケースもとても多いです」

働き方改革が進んでいる一方で、いま先生たちの置かれている状況は厳しいままなのだ。

「探究学習ができるようになるためには、思った以上に時間がかかります。公教育を空洞化させないためにも、先生たちが学ぶ時間や教材開発をする時間、評価をじっくり行う時間の確保を含め、置かれている状況の改善は急務だと感じています。そうしたことから教育全体が変わっていくといいですね」(藤原さん)

先生という仕事は輝かないといけない

先生という職業は子どもたちと共に輝かないといけない

池谷さんも「ニュースやSNSをみていると、先生という仕事は輝いていないと皆から思われていると感じる」という。

「特に小中学校では『ブラックだ』『過労死ラインを超えている』と言われます。しかし先生はとても面白い仕事です。毎日毎日変わっていく子どもたちと接していますから。探究学習をやっていて思うのは、先生は授業をチームで考える習慣があまりないんですね。連携を取れるようにすればマルチタスクはかなり改善するだろうと思います」

新たな学びは子どもだけでなく先生も変える。

「探究学習」は先生のマインドセットを変え、職場環境を改善する可能性を秘めている。

先生という職業は子どもたちと共に輝かないといけないのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】