1万人の「海上民兵」が集結

南シナ海の青い海原を埋め尽くすように、五星紅旗が高々と掲げた大型漁船が舳先を揃えて並んだ。その数はおよそ220隻。全船が同じ船型で、統率が取れた動きをしていた。好天で波も穏やかだが、漁業をする兆候はないようだ。

南シナ海の海原を埋め尽くした220隻の中国船(フィリピン大統領府広報部ツイッターより)
南シナ海の海原を埋め尽くした220隻の中国船(フィリピン大統領府広報部ツイッターより)
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中国の遠洋漁船はすべて中国政府の統率下にある。政府に与えられた「北斗」というAIS(自動船舶識別装置)を通じ、指示、命令が下される。中国の漁船団は、海軍の予備役のようなものだ。船内には1隻あたり約50人、総勢1万人の海上民兵と呼ばれる漁民が乗り込んでいると推測される。

フィリピン大統領府広報部ツイッターより
フィリピン大統領府広報部ツイッターより

3月初旬、南シナ海のスプラトリー諸島(南沙諸島)ウイットサン礁の周辺に大型中国漁船が集結し始めた。この海域は、中国、ベトナム、フィリピンによる管轄権の主張が重複している。ウイットサン礁の付近には、中国が人工島を作り軍事拠点化しているジョンソン南礁、ヒューズ礁などがあり、中国が実効支配に組み入れている。

しかし、フィリピンが中国の南シナ海侵攻を提訴した2016年の常設仲裁裁判所の裁定において、中国による管轄権の主張が否定され、排他的経済水域の主張も認められていない。

紛争の危機迫る

中国は、2月に施行した海警法の実践のため、南シナ海において大漁船団を展開したようだ。管轄権を主張する国があっても中国漁船を排除することができなければ、中国の実効支配を認めたことになる。

また、フィリピンやベトナムが中国漁船を締め出すために実力行使に踏み切った場合、中国は海警法に基づき中国海警局が武力を行使する。人民の保護の名目で軍事行動に出るのは中国の常套手段だが、海警法の施行により主権を守るという抽象的な状況においても武力行使に出る可能性が高い。

海警局が展開する海域には、常に紛争の危機が迫っているのだ。

「中国の漁船は長い間この地域で漁をしている。これはごく普通のこと」と語る中国の報道官
「中国の漁船は長い間この地域で漁をしている。これはごく普通のこと」と語る中国の報道官

中国を排除する力を持たないフィリピン

フィリピン政府は、メディアを通じ抗議するものの、中国が実効支配している海域においては中国を排除する力を持たない。米国の行動に期待しても、二国間の主権の問題には関与しないのが米国の方針だ。

これまで、中国漁船が南シナ海や東シナ海で大規模な行動を起こすことは度々あったが、あまり統率のとれたものではなかった。しかし、今回の様子をみると漁船団は、組織化され命令が行き届いているようだ。

フィリピン政府は、漁船の数に威圧されるとともに、海警法に基づいた武力攻撃を恐れ、手を出すことができない。今回の中国の行動は、海警法に基づきウイットサン礁を始めとしたスプラトリー諸島の実効支配の既成事実を積み重ねる目的を達成したのである。南シナ海は中国の海と化しているのだ。

これは予行練習に過ぎない

しかし、これは単なる予行演習に過ぎない。次は、東シナ海においても同様の手口で迫ってくるだろう。尖閣諸島に中国の大漁船団が押し寄せるのだ。2012年、尖閣諸島の奪取に動き出した中国は五島列島の入り江を100隻以上の漁船で埋め尽くし、地元の人々を怯えさせ日本政府を震撼させたことがある。

尖閣諸島
尖閣諸島

日本政府は、尖閣諸島周辺に大漁船団が現れた場合、主権を守るために漁船団を排除する必要がある。しかし、その場合は、中国海警局による武力行使を覚悟しなければならないのだ。中国海警局と海上保安庁の海上戦闘に展開する恐れがあるのだ。

海保は、もしもに備え、十分の人員、装備を充実させる必要がある。そして、何よりも尖閣諸島海域に大漁船団が侵入できない防衛戦略を構築し、紛争に発展することなく主権を守る戦略を構築する必要があるのだ。

【執筆:海洋経済学者 山田吉彦】

山田吉彦
山田吉彦

海洋に関わる様々な問題を多角的な視野に立ち分析。実証的現場主義に基づき、各地を回り、多くの事象を確認し人々の見解に耳を傾ける。過去を詳細に検証し分析することは、未来を考える基礎になる。事実はひとつとは限らない。柔軟な発想を心掛ける。常にポジティブな思考から、明るい次世代社会に向けた提案を続ける。
東海大学海洋学部教授、博士(経済学)、1962年生。専門は、海洋政策、海洋経済学、海洋安全保障など。1986年、学習院大学を卒業後、金融機関を経て、1991年、日本船舶振興会(現日本財団)に勤務。海洋船舶部長、海洋グループ長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。海洋コメンテーター。2008年より現職。