町工場の「たき火台」がグランプリに
とある町工場の製品が、日本最大級の見本市で最優秀賞に選ばれる。開発したのは新入社員…まるで小説のような出来事が現実に起きたとして、人々を勇気づけている。
話題の主役となったのは、金属加工を手掛ける「有限会社早野研工」(岐阜・大垣市)。従業員数33人(2021年3月時点)、創業30年以上の歴史を持つ町工場だ。
この企業が開発した「FireBase」というたき火台が、2月に東京で開催された、生活雑貨の国際見本市「第91回東京インターナショナル・ギフト・ショー春2021」で快挙を成し遂げた。
ギフト・ショーはバイヤーなどが集まる日本最大級の見本市で、今回は国内外の企業1432社が「衣・食・住・遊」に関連した製品を出品。このうち、コンテストに出品した約650品の中で、「FireBase」は最優秀賞にあたるグランプリに輝いたのだ。
開催元によると、町工場の技術を生かしつつ、質の良い魅力的な新製品を開発したことなどが評価されたという。
シンプルで組み立ても簡単
そんなFireBaseの特徴は、構造がシンプルで組み立ても簡単なことで、たき火台を構成する主なパーツは土台となる2枚の金属板、側板、ロストル(底板)だけ。金属板は加工がされていて、互いに差し込むだけで自立する仕組みとなっている。
その後は側板と底板をセットするだけで、たき火台が完成。そのまま薪をくべてもいいし、付属する五徳を差し込めば、料理などにも活用できる。金属板にパーツを収納して畳めるので、普段は片手で持ち運べるコンパクトさも魅力だ。
製品のサイズはS(1~2人向け)とL(ファミリー向け)の2パターンで、価格はSが1万1000円、Lが1万4300円。2020年12月にクラウドファンディングサイト「Makuake」で予約販売を始めると、期間終了までの約2カ月で、目標額の30万円を上回る600万円以上が集まった。
消費者にも評価されたFireBaseだが、実は開発したのは2020年4月に入社した、松井勇樹さん(22)だという。なぜ、新入社員に開発を任せたのか。まずはその経緯を、早野研工の担当者に聞いた。
コロナ禍で新入社員が制作・発表できる場がなかった
ーーFireBaseを出展した経緯を教えて。
ギフト・ショーはいつかは出てみたい憧れの展示会で、今回は運よく県の補助制度に採択されて出展費用を捻出できたので申し込みました。FireBaseを選んだのは、開催中に行われるコンテストの基準の要件に当てはまったためです。出展したときは本当に何気ない気持ちで、この先に起こることは全く予想もしていませんでした。
ーー新入社員に開発を任せたのはなぜ?
弊社では毎年、研修の一環として新入社員が中心となり、秋の展示会や技能フェアに展示する板金製品を製作して発表する場を設けています。ですが2020年は、コロナ禍で展示会などが開かれずそうした場がありませんでした。
そこでギフト・ショーは、そうした製品のアイデアや発想を形にする、いい機会になるのではないかと思ったのです。それに新入社員が携わったほうが、型にとらわれない斬新なデザインや機能を取り入れた商品になる予感がしていました。
ーー松井さんを選んだ理由はある?
松井さんは、3次元CAD(対象物をPC上で設計するツール)のオペレーションが早いこと、また入社理由で商品開発を希望していたので、試行錯誤して作るには適任と思いました。新人ということで業務量も多くなかったので、商品開発を通して知識や技術を学び、市場ニーズにあったものづくりを進めてほしいとも思い、任せました。
大役を任され「大丈夫かな」「やってみたい」
コロナ禍の影響もあり、新入社員が制作物を発表できる場がなかったことから、期待も込めて任せたようだ。そこにはどんな挑戦があったのだろうか。松井さんにもお話を伺った。
ーーFireBaseの開発経緯、たき火台を選んだ理由を教えて。
2020年9月後半にお話しがあり、そこから約3カ月で開発しました。当初から「キャンプ用品がいいのでは」という感じはあったのですが、社長と話し合った結果、当社の鉄を生かせる製品にしたいとして、たき火台を開発することになりました。学生時代はキャンプの機会が数えるほどしかありませんでしたが、以前から興味はありました。
ーー開発を任されたときの気持ちは?
こんな大役を任されて本当に大丈夫かな…と不安はありましたが、商品開発に携わりたくて入社したこともあり、やってみたいという気持ちが強かったです。先輩社員にサポートしてもらいながら、前向きに楽しく開発できたと思います。
試作品は100以上…こだわりは「隙間」
ーー開発でのこだわりや苦労を教えて。
こだわった点は「使いやすさ」です。FireBaseはキャンプ初心者の目線で開発したので、仕組みをシンプルに、誰でも簡単に素早く組み立てられる点にこだわりました。工夫は本体にパーツを収納でき、本体だけで持ち運べるようにしたところですね。金属板をクロスさせる構造にしたのも、パーツを少なくして組み立てやすくしたいと考えたためです。
苦労したのは「クリアランス」という隙間の部分です。金属板やパーツを差し込むための切込みや穴の大きさ、形状と考えていただければと思います。この隙間が広いと台がぐらぐらして危ないですし、逆に狭いと固くて組み立てづらくなります。製品の使いやすさに関わるところなので、100以上の試作品を作りました。
ーー製品はどんな場面で使ってほしい?
コロナ禍で思うように外出ができないので、家族や大切な人と過ごす、思い出作りの手助けになればいいなと思います。キャンプの愛好家にもですね。製品は鉄製で頑丈なつくりになっているので、災害時で火が必要なときにもお役に役立てると思います。
ーー開発で成長や変化はあった?
ものづくりの楽しさ、求められる形を再現する難しさを実感しました。日の目を見ず、お釈迦になった製品は数知れません。それでもあきらめず自分が納得できるものが出来たこと、商品開発を通して、知識や技術だけではないものづくりの醍醐味を学べた気がします。
ーー今後の目標を聞かせて。
弊社は2020年に「Hot Camp」という、アウトドアブランドを立ち上げていて、FireBaseはその第2弾の製品となります。今後も開発に携わり「Hot Campは信頼できる」とお客様に言っていただけるようになるのが、今の目標ですね。
FireBaseは早野研工の公式オンラインストアで発売されていて、クラウドファンディングの予約分を合わせると、3月時点でSサイズは約330台、Lサイズは約200台売り上げているという。※Lサイズは仕様変更のため、3月時点では一時販売休止
グランプリに輝いた製品は、新入社員に活躍の場を設ける会社側の姿勢と、それに答えた松井さんの努力の結晶だった。日本のものづくりは、彼らのような人たちが支えているのだろう。
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