富士山と太陽の光が織りなす絶景「ダイヤモンド富士」

日本を象徴する山、富士山。

春夏秋冬、さまざまな表情を見せる富士山は、多くの人に愛されている。

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朝日が昇る瞬間と夕陽が沈む瞬間に、山頂と重なる太陽が、まるでダイヤモンドのように輝いて見えることから“ダイヤモンド富士”と呼ばれている。

晴天で、富士山背後から太陽が昇る時か背後に沈む時という2つの条件を満たした時に見ることができる。

たった2つの条件を満たせばいいにも関わらず、簡単に出会えないのはどうしてなのか。

山頂に太陽が重なることで生まれる“ダイヤモンドの瞬間”を見られるのが、太陽と山頂を結ぶ延長線上に限られるからで、その場所は毎日少しずつずれていくからだ。

ダイヤモンド富士が見れる地域 国土交通省関東地方整備局のHPより
ダイヤモンド富士が見れる地域 国土交通省関東地方整備局のHPより

今日“ダイヤモンド”に出会えた場所でも、翌日には出会うことはない。

都内で太陽と富士山頂を結ぶ延長線上にある代表的な場所のひとつが、豊島区にあるサンシャイン60展望台だ。海抜251mにあり、富士山と都内を一望することができる。

サンシャイン60の展望台から 海抜251m
サンシャイン60の展望台から 海抜251m

ダイヤモンド富士が観測できる日は、冬至の頃から4月上旬までと、7月中旬から冬至の頃までの年2回。

秋と冬は、空気が乾燥して、ちりや埃が立ちにくいため見通しがよく、晴れる日も多いことからダイヤモンド富士を見られるチャンスが多くなる。

「東京都庁から富士山の見えた月別日数」を調べた東京都環境局のデータによれば、春先より冬の方が、見られる日数は2倍近く高い。

撮影するなら今がチャンスだ。

サンシャイン60展望台の場合、2021年は1月26日と11月5日が富士山頂と夕陽が重なるベストタイミング。1月26日の天候は崩れるとの予想から前日25日に撮影に臨んだ。

配信したダイヤモンド富士の動画編集版はこちら:

新人カメラマンの奮闘

新型コロナウイルスに関連する情報が報じられる日々。明るく希望につながる何かを撮影したいとずっと考えていた。

何を撮影すればいいのか。これまで厳しい環境に置かれた時、私自身を沸き立たせてくれたものは何か考えた。

夕陽だった。

美しい夕陽を、特別な夕陽を視聴者に届けられないか。私が、ダイヤモンド富士を撮影しようと決めた理由だ。

美しい夕陽を捉えて放送すれば、「一時でも、生活を明るくすることができるかもしれない」、そう思った。

「ダイヤモンド富士を撮影したい」。そう先輩カメラマンに相談すると、答えはシンプルだった。

「極めて難しい」

太陽の撮影は、ベテランにとっても高い技術が必要だというのだ。

我々報道カメラマンが撮影に使用するカメラは、ENGと呼ばれる大型カメラ。デジカムやスマートフォンとは違い、オートフォーカスではない上、光の調整も全て自分で行う。カメラが自動的に調整してくれない。

太陽、夕陽は明るさが刻々と変わるため、光の適切な調整をする必要がある。「光を読む」経験、場数が必要だということだ。

私はカメラマンになって2ヶ月の新人。明らかに技術が足りない。理想に燃えた自分の気持ちは、すぐに大きな壁に突き当たった。

自宅から外に出られない人たちに、目の前で、今まさにダイヤモンド富士が生まれる瞬間を見せたい。そのために「インターネット上での生中継、ライブ配信」をしたいと考えていた。皆で一緒に同じ景色を見て、同じ時を過ごすためだ。

先輩カメラマンには「ライブ配信は難しい」と断言された。「撮影」であれば、編集することができる。失敗したところは省いて、成功したところだけを編集して放送すればいい。ライブ配信は一発勝負。失敗は、そのまま放送される。

高い撮影技術が必要な夕陽を、やり直しが効かない生配信したいという駆け出しカメラマンの申し出だ。“撮影現場叩き上げ”の先輩カメラマンから「無理」と一蹴されると思っていた。

「新人カメラマンに任せる事ではないが、やってみよう」と認めてくれた。

自分の手で映像を視聴者に届けられるかもしれないと、気持ちが高ぶったが、すぐに現実を知ることになった。

本番1月26日に向けて予行訓練を開始した。

フジテレビ社屋の壁面を富士山頂に見立て、太陽が重なる瞬間を狙った。失敗を繰り返しながら、緻密なカメラ操作を訓練した。

フジテレビ社屋の壁面と太陽で撮影訓練
フジテレビ社屋の壁面と太陽で撮影訓練
建物に明るさを合わせると太陽が明るすぎる
建物に明るさを合わせると太陽が明るすぎる
レンズの明るさを絞りすぎると社屋も見えなくなる
レンズの明るさを絞りすぎると社屋も見えなくなる

訓練して、先輩の言葉の意味がよくわかった。

沈んでいく太陽は、レンズの絞りのわずかな設定の差で、映像に大きな違いが現れる。太陽が沈むと共に、刻々と変わる明るさに合わせて、細やかな調整が必要となるのだ。

太陽に絞りを合わせると太陽の輪郭が見えてくるが、それ以外の部分が暗くなる。建物に絞りを合わせると、太陽が白く飛んで明るすぎてしまう。先読みしながら撮影する必要がある。

簡単ではない。頭の中が真っ白になるようだった。「映像を届けたい」という「思い」や「根性」だけでは実現できないことが良くわかった。本番当日まで訓練を重ねた。

太陽と建物がバランス良く、シルエットがはっきり
太陽と建物がバランス良く、シルエットがはっきり

本番を明日に控えた1月25日 テストのためにサンシャイン60展望台に向かった。

上空には多少雲があるものの、山の稜線がよく見えた。

サンシャイン60展望台からの眺望
サンシャイン60展望台からの眺望

カメラをセッティングしていると、先輩が突然言った。「明日の天気が悪いので今日、本番にする。」

「えっ?」

天気予報によれば、サンシャイン60展望台からダイヤモンド富士が観測できる26日は曇り。それを逃せば次に観測できるのは11月になる。

下見のはずが、いきなり本番。日没まで、もう数時間しかない。

観測日が1日前にずれた場合、夕陽は山頂のやや左に沈む事は分かっていたが、大きな変更に、緊張が高まる。

富士山頂と太陽が重なるダイヤモンド富士。その前日というタイミング。太陽と山頂は、どのくらい重なるだろうか。不安でならなかった。

心を落ち着かせようとしても、カメラを操作する手の震えが止まらなかった。

ダイヤモンド富士の観測予想時刻は午後4時40分~50分頃。ライブ配信は、午後3時30分過ぎに開始した。

刻一刻とその瞬間が迫る。太陽は少しずつ富士山に近づいていった。

日没の1分前、上空に広がる薄い雲から太陽が抜け出し、姿を現した。山頂やや左側に太陽が富士山と重なり始めた。

午後4時53分、夕陽は富士山頂のやや左に沈んでいった。

ファインダー越しに夕陽を見つめながら、光の暖かさに、懐かしさや優しさを感じた。心にスッと入ってきて、心が洗われるようだった。

希望の光になれ。マスクを外して外に出られる日が早く戻ることを願った。

やり尽くした思いだった。

残念でならないのはライブ配信を見た人たちに「太陽と山頂がぴったりと重なるダイヤモンド富士」を見せられなかったことだ。

ライブ配信中、サイトにはたくさんのあたたかいコメントが寄せられた。元気を、明るい生活をメッセージしたいと思って撮影した自分が、逆に励まされてしまった。

完璧なダイヤモンド富士の映像をライブ配信で届けられるまで、挑戦し続けることを自分に誓った。

執筆:撮影中継取材部 カメラマン 外薗学 

撮影している外薗学カメラマン
撮影している外薗学カメラマン

配信技術担当「いきなりの本番」

翌日の本番に向けた下見となるはずだったこの日、私はライブ配信するための機材を抱え、電波状況をチェックしていた。電波状態が悪いと映像が止まる、途切れるといった事故が起きるため、ライブ配信する際の下見は欠かせない。

その下見のはずが、急遽本番となり、安定した配信ができるか正直不安だった。

幸いにも電波状態は良好だった。

配信が開始されると、徐々に視聴数が増え、コメントも増えてくるのが良く分かった。

地上波の報道番組を放送していても、視聴者の反応をこんなに身近に感じられることはない。

海外からの反応もあった。コロナ禍で日本に来たくても来られない人にも、この美しい富士の夕景を届けることができる。インターネットを使用したライブ配信だからこそ実現できることでもある。

当初予定されていた撮影日には、富士山頂に太陽がぴったり重なる予測だった。天候を鑑みて前日に前倒しとなったが、その日の太陽は富士山頂の少し左に沈んでいった。しかし、その沈みゆく太陽の輝きと富士山のシルエットも、絵画のように美しかった。

いつか私も、カメラマンとして、太陽と山頂がぴったり重なるダイヤモンド富士の姿を捉えたいと思った。

執筆:ビデオエンジニア 岸下怜史

参考)
国土交通省関東地方整備局のHPでは、都内で観測できる地点も紹介されている。 
https://www.ktr.mlit.go.jp/chiiki/chiiki00000111.html

撮影中継取材部
撮影中継取材部