2020年9月、大阪・高石市の自宅で高齢女性が餓死しているのが見つかった。
一緒に暮らしていた息子も衰弱していた。
女性は78歳で、息子は49歳とみられるが、2人ともに戸籍がないため実際の年齢はわからない。女性が住んでいた地域の自治会長の男性(79)は「自治会の活動は活発で、住民のまとまりの強い地域」と話す。そのような、地域の結びつきの強い場所で、なぜ女性は誰にも助けを求めることなく生涯を終えたのだろうか。

女性は“戦争孤児”で無戸籍…息子の出生届も出されておらず…

女性が餓死しているのが見つかった住宅
女性が餓死しているのが見つかった住宅
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近隣住民によると、2020年の9月22日の朝、「母が亡くなりました」と息子が訪ねてきた。
驚いた住民が息子と一緒に女性の家に駆け付けると、一階のベッドの布団の中で女性は目をつむっていたという。見たところ極端にやせ細ってはいなかった。すぐに救急に通報し、指示に従って人工呼吸を3回行うも息がもれるだけで、死亡していたことがわかった。
死亡したのは数日前とみられ、栄養失調の状態だった。息子も衰弱していて、そのまま病院に搬送された。

女性は生前「宮脇奈々美」と名乗っていた。関係者によると、女性は長崎県の五島列島出身とみられ、内縁の夫と3人暮らし。高石市には20年ほど前に引っ越してきた。夫が5年前に亡くなってからは遺産を切り崩して暮らしていたようだ。
女性は以前、宴会場の配膳スタッフや競輪場の窓口で働いていたが、長くは続かなかったという。息子も勤務経験はあるものの、夫が亡くなってからは働いていなかった。

また関係者によると、女性は戦争で家族を失った"戦争孤児"で、戸籍を持たずに生きていたとみられている。息子も出生届が出されることはなく、『小中学校にも通っていなかった』と話しているという。
2人が無戸籍の理由や、夫と正式に結婚しなかった理由はよくわかっていない。

「ワンピースが似合う、品のある女性だった」周囲も異変に気付かず

近隣住民たちによると、女性は白髪が素敵でワンピースが似合う、品のある人だったそうだ。きれいな身なりで経済的に困っている様子はみられなかった。
近所付き合いは少ないものの、挨 拶はしっかり交わしていて、自治会の会費も毎月納めていた。自治会長によると家の中や玄関の外も掃除が行き届いていて、几帳面な性格だったようだ。

女性を知る自治会長の男性
女性を知る自治会長の男性

女性の家は8月31日から電気が点いていなかったそうだが、周囲の人たちは何ら不思議に思わなかった。女性が「引っ越す」と話し、不要な家財道具を近所の人たちに譲ることまでしていたからだ。自治会長は8月25日に女性の家の2階にあったタンスを隣の家に運ぶのを手伝った。
しかし、転居先については教えてもらえなかったという。それが自治会長にとって、女性と会った最後の日となってしまった。

周りの住民たちは親子が引っ越したと思っていたが、それから約3週間、女性はひっそりと息子と生活していたとみられている。最期の時が来るまで、電気もつけずに。
関係者によると、息子は「8月下旬、知り合いに借金を申し込んだが断られ、代わりにそうめんをもらった。それを母と一緒に食べたのが最後の食事だった。そこからは3週間ほど水と塩しか口にしていなかった」と話している。

自治会長も引っ越しの前に、ネジなどが入った工具箱と木製のカゴをもらった。

自治会長:
引っ越しする8月まで自治会費も納めてくれていたから、生活に困っていることに気付かなかったし、もちろん無戸籍ということも知らなかった。プライベートなことだし、自分から言い出すのは難しかったと思う。近所の住民として、手を差し伸べられなかったことを悔やんでいる。もしかしたら“もう最後ダメかもしれない”と思って引っ越しすると言っていたのかもしれない

女性からもらった工具箱
女性からもらった工具箱

息子「無戸籍だから行政に相談できなかった…」  SOSを出さなかった理由

女性からもらったカゴを見せる自治会長
女性からもらったカゴを見せる自治会長

この町に引っ越してくる前、女性は600メートルほど離れた町のアパートに25年以上住んでいた。近隣住民のAさんは女性と家が近いこともあり、よく交流をしていたそうだ。
Aさんは最初、朝仕事に行くときに挨拶をする程度の間柄だったが、時が経つにつれて世間話をしたり、おすそ分けをしたりするようになった。

Aさん:
宮脇さんは人当たりもよく、何でも喜んでくれる人だった。家で育てたみかんやびわをおすそ分けすると、すぐに『おいしかった、ありがとう』とお礼の電話が来た。ケーキやお餅、ダウンジャケットをくれたりもした

Aさんは女性が引っ越してからも、電話をしたり、直接会ったりと交流を続けていた。

しかし女性は、40年ほど付き合いのあるAさんにも事情を打ち明けることはなかった。Aさんによると、2020年の4、5月頃から女性と電話がつながらなくなったという。その後、女性と会った際に理由を聞くと、「息子が回線を切った」と話した。

Aさん:
今考えると、お金の節約のために切ったのだろうかと思う。宮脇さんは自分のことを全く話さない人で、困りごとの相談も一回もなかった。報道されてから無戸籍だということを知って、びっくりした

また、息子については一度挨拶を交わしただけで顔も覚えていないそうだ。

女性が以前住んでいたアパートの跡地
女性が以前住んでいたアパートの跡地

女性は貯金が底を尽きかけていたとみられる8月末にも、近所付き合いをしていた。
では、なぜ苦しい状況にありながらも、自分が無戸籍であることを話すことができなかったのか。関係者によると息子は「貯金がなくなってきたが、無戸籍だったので行政に相談できなかった」と話したという。
息子は、"行政に相談しても無戸籍者には対応してくれない"と思っていたことが考えられる。

無戸籍者は現在“900人”…救う行政の窓口は?

大阪・高石市の阪口伸六市長は「今後こうした事案が発生しないよう、地域住民の力を借り、社会福祉協議会などと連携しながらサポートしてまいりたい」とコメントしている。

法務省によると、国が把握した無戸籍者は3393人(2014年~2021年1月10日現在)で、うち2492人は新たに戸籍を取得。現在も無戸籍状態の人は901人で、1年前に比べて117人増加した。また無戸籍者のうち2~3割が成人だ。

なぜ周囲に助けを求められなかったのか、餓死した女性に聞くことはもうできない。周囲の人の多くは、「なぜ助けられなかったのか」「相談ぐらいしてほしかった」と悔やんでいる。
今の日本の社会に、死亡した女性と同じ境遇の人が少なからずいることは容易に想像ができる。
無戸籍であっても行政による施策を受ける権利はある。生活保護を受けることも可能だ。
しかし、そうしたメッセージが届かない場所が今の日本社会にある現実を、女性の餓死が浮かび上がらせた。

法務省が発行するパンフレット
法務省が発行するパンフレット

2014年から無戸籍問題に力を入れている兵庫・明石市では、この高石市の問題をきっかけに、全国で初めて無戸籍者を対象に24時間体制で相談に応じる専用ダイヤルを設置した。明石市の市民でなくても相談することができる。
明石市・泉房穂市長は「戸籍がなくても、ほとんどの市民サービスを受けることができます。戸籍を取ることもできます」と呼びかける。
悩みを抱えている人には、こうした電話や、行政の窓口などへの相談を考えてほしい。

【明石市 無戸籍24時間相談ダイヤル】
078-918-6059(月~金曜、午前9時~午後5時)
※時間外、休日は『無戸籍児家族の会』090-8048-8235 まで

(関西テレビ記者 大野雄斗)

関西テレビ
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