1月20日に行われた大統領就任式当日、バイデン新大統領を待っていたのは観衆の歓喜の声ではなく、星条旗など20万本もの旗だった。過去に例がない形で進められた「第46代アメリカ大統領就任式」。カメラのファインダーを通して見つめた、この歴史的な一日を振り返る。
アメリカ全土に広がっていた異様な雰囲気

FNN取材団としてニューヨークから首都ワシントンに向かう朝。ニューヨークのラガーディア空港の搭乗口には見慣れない光景が広がっていた。ゲート前に5人以上のセキュリティ担当が立っている。
就任式の2週間前に起きたトランプ前大統領支持者らによる議会襲撃事件の影響で、ここでも警備が強化されていたのだ。就任式に向けた警戒感の高まりを、ワシントンに入る前から感じることとなった。
兵士の街となったワシントン

「目的地の目の前までは行けないが、周辺で降ろすからそこから歩いてくれ」
ワシントンでタクシーに乗り目的地を伝えると、運転手はまずこう断ってから、タクシーを走らせた。市中心部に向かうタクシーの車中で、思わず私はカメラを回していた。見慣れたワシントンの街が様変わりしていたからだ。
高速道路の出口の至るところには、パトカーやダンプカーが封鎖のために配置されていた。ワシントンの住民やホテルの宿泊者であっても、必ず検問で身元を証明しなければならない。車に乗っていても街中に広がった緊張感を感じ、どこか落ち着かない。

緊張感は、街中を歩いているとさらに強く感じる。
就任式会場となる議会に近づくにはいくつかのチェックポイント(検問所)を通過しなければならない。その前には優に1トンは超えるであろう巨大なコンクリートの塊がいくつも鎮座。街中にもかかわらず片手に盾、もう片方の手にはライフルと、重装備の州兵と随所ですれ違う。
急な警備強化による混乱

議会襲撃事件を受け、議会周辺の警備はかつてない程強化された。ただ、情報が州兵たちにも十分に行き渡っていないようで、中々スムーズに取材場所に近づけない。
「ここからメディアは入れない。あっちのチェックポイントに行ってくれ」
「私はここの担当でそれ以外は知らない」
と何度もたらい回しにされ、気づけば3時間以上歩いても、目的地にたどり着けない日もあった。
厳戒態勢の中で…目撃した「温かさ」


物々しい雰囲気の中でも、ホッとする場面に遭遇した。検問所で停車した一台の車。窓がゆっくりと開き、後部座席から手がすっと出る。兵士たちに、透明な袋が差し出された。中には、お菓子や清涼飲料水がいっぱいに詰まっているのが見えた。
ライフル銃を抱えた州兵が、お菓子を受け取る。
思いがけないプレゼントは、極寒の中、警備に当たる兵士たちの心をポッと温めてくれたに違いない。
観衆の“代役 ”20万本もの鮮やかな旗
厳重な警備を抜け、ようやくたどり着いた議会前の広場。そこには楽しそうに旗を立てる人たちの姿があった。

本来であれば就任式を一目見ようと何十万人もの観衆でごった返すこの広場だが、今回は新型コロナウイルス対策や議会襲撃を受けた安全上の対策として、観衆の代わりに20万本もの旗で埋め尽くされた。本番数日前からその準備が進められる様子を取材していたが、歴史的な舞台を作る喜びからか、マスク越しでも笑顔が溢れているのがわかった。
ホワイトハウスの去り際も「トランプ流」

いよいよ就任式当日の朝を迎えた。
議会前の広場にいた私たちの上空をヘリコプターが飛び立ち、轟音が静寂を突き破った。マリーンワンと呼ばれるこの大統領専用ヘリにはホワイトハウスを去るトランプ氏が、大統領として最後の搭乗をしていたのだ。朝日を浴びながら議会上空を旋回するマリーンワン。4年間慣れ親しんだ首都ワシントンを、トランプ氏はどのような想いで見つめたのだろうか。
バイデン新政権の夜明け

20万本もの旗に囲まれて行われた就任式。
開始直前には雪が降り、体の芯まで冷えきるような寒さの中、先祖から100年以上に渡って受け継いだ聖書を手に宣誓したバイデン新大統領。式が始まった時にはどんよりと雪雲が空を覆っていたが、式が終わるころにはすっかり晴れていた。

アメリカ社会に分断が深く刻まれ、パンデミックの中の船出となったバイデン政権。発足初日の空模様のように、この国に光を挿し込むことが出来るのか、その手腕に世界が注目している。
【FNNニューヨーク支局 カメラマン 米村翼】