慰安婦訴訟「少し困惑している」

「率直に言って、少し困惑しているのが事実だ」

韓国の文在寅大統領は1月18日に行われた新年の記者会見でこう「率直に」述べた。1月8日にソウル中央地裁が元慰安婦に損害賠償するよう日本政府に命じた判決について、日本の毎日新聞ソウル支局長が質問した際の答えだ。

今年の会見はコロナ対策のため大多数の記者はオンラインで参加した
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判決から会見までの10日間、文大統領と大統領府は沈黙を貫いていた。判決言い渡し当日には日韓のメディアが大統領府にコメントを求めたが、「外務省に聞いてくれ」の一点張りで、この判決がもたらす日韓関係への巨大なインパクトから目を背けているかのようだった。しかし会見で文大統領は一歩踏み込んだのだ。

以下、慰安婦訴訟に関する文大統領の今回の会見での発言だ。

「韓日間に解かなければならない懸案がある。まず輸出規制問題があり、強制徴用判決問題(※いわゆる徴用工訴訟判決)がある。 これらの問題を外交的に解決するために両国が色々な次元で対話している。そのような努力をしている最中、また慰安婦判決問題が追加され、率直に少し困惑しているのが事実だ

しかし私が常に強調して申し上げたいのは、過去の歴史は過去の歴史であって、韓日間で未来志向的に発展していかなければならないことは、その通りにやっていかなければならないと思う。私は過去の問題も事案別に分離してお互いに解決方法を探す必要があると思う。すべての問題を連係させて、この問題が解決されるまでは他の分野での協力を止めるような態度は決して賢明でないと思う。

最近あった慰安婦判決の場合は、2015年に両国政府間に慰安婦問題に関する合意があった。韓国政府はその合意が両国政府間の公式な合意だったとの事実を認める。このような土台の上で今回の判決を受けた被害者のおばあさんたちも同意できる解決方法を探していけるように、韓日間で協議をしていく。」

以前の新年記者会見では「日本はもっと謙虚になるべき」(2019年)、「日本も解決策を示すべきだ」(2020年)などと、日韓関係の悪化について日本に責任転嫁する発言が目立ったが、2021年は一変している。

文大統領は今回、いわゆる徴用工訴訟で繰り返していた「三権分立だから司法の判断に介入出来ない」という消極的な発言はしなかった。それどころか、日本政府に賠償を命じた判決が出された事について、「困惑した」と否定的な立場を示したのだ。従来からの持論である「被害者中心主義」は維持しているように見えるが、元慰安婦との立ち位置の違いを示したのは「変化」と言える。

また、慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的に解決」することを確認した2015年の日韓合意について、「公式な合意である」と述べた。これは判決当日に韓国外務省が発表したコメントにもあった文言だ。

朴槿恵前政権時代に結んだ国と国との正式な合意について「これでは問題は解決しない」と立場を翻し、合意の中核である元慰安婦を支援する財団を一方的に解散しておいて「公式な合意だ」というのは「どの口が言うのだ」という気がする。韓国メディアも「今までの文在寅政権の立場とは違う発言なので議論が予想される(韓国日報)」と論評しているが、もし本気で合意の精神に立ち返るというのであれば、悪い事ではないだろう。

「三権分立」という原則論を避け、自らが死文化させた日韓合意まで持ち出して、日本政府と元慰安婦との間に立って問題解決を目指す方針を示したように見える。こうした方針を立てられたのは、元慰安婦を支援する団体の力が弱まっている事と無関係ではないだろう。

今回の訴訟の支援をしているナヌムの家(元慰安婦が暮らす施設)と、別の訴訟の支援をしている正義記憶連帯(旧名「挺身隊問題対策協議会」)は、いずれも慰安婦問題に関する補助金や寄付金の取り扱いに不正があったとの疑惑にまみれ、韓国世論の支持を失っている。

問題解決に向けた日本政府の圧力が強い上、弱体化し発言力を失いつつあるこれら団体の主張に従って日韓関係が破綻するよりは、日韓関係改善のために努力している立場の方が世論の支持を得られやすいと判断したのかもしれない。

日本企業の資産現金化「望ましくない」

慰安婦問題に加え、いわゆる徴用工を巡る問題についても、文大統領からは従来とは違う発言が出た。差し押さえられた日本企業の資産が現金化されるのは「望ましくない」と明言したのだ。現金化について否定的な発言が出たのは、初めての事だ。

文大統領
「(日本企業の資産が)強制執行の方式で現金化されて判決が実現されるのは、韓日両国間の関係において望ましいと思わない。そのような段階になる前に両国間に外交的解決法を探すことがさらに優先であるが、ただしその外交的解決法は原告らが同意できなければならないということだ。原告が同意できる方法を両国政府が協議して、また韓国政府が原告を最大限に説得して、このような方式で問題をこつこつと解決して行けると私は信じる。」

こちらの訴訟では、日本企業への賠償支払いを命じる判決が2018年10月に確定し、日本製鉄や三菱重工業など日本企業の韓国内の資産が差し押さえられ、売却による現金化手続きが裁判所で進められている。日本政府は1965年に結ばれた日韓請求権協定に基づく協議と仲裁を2019年に韓国政府に正式に申し入れたが、韓国政府はその申し入れを無視した。それにも関わらず文大統領が「外交的解決法」を求めている事には「今更何を言っているのか」という気がしないでも無い。

ただ日本政府は現金化をデッドラインとして、対抗措置をチラつかせつつ韓国政府に対応を強く要請しているのが現状だ。いつデッドラインを超えるのか分からないギリギリの情勢で外交当局の交渉が続いているが、交渉に関わる日韓関係筋によると、韓国政府内には「現金化は望ましくない」との意見は前からあった。

しかし、韓国世論の猛反発が予想される事から、その意見はこれまで公になってはいなかったのだ。それが、国のトップである大統領が会見で明言したため、「現金化を避けるべき」との韓国政府の立場が明確になった。これにより、交渉が動く可能性がある。

徴用工訴訟原告代理人は現金化よりも包括的な解決を求めていて、文大統領の「現金化は望ましくない」発言を歓迎していた

日本政府と原告を説得できるのか

文大統領の発言の中で2つの訴訟の問題に共通しているのは、「原告が同意出来る解決方法を探す」事だ。被害者中心主義を重視する韓国政府は原告の同意無く問題を解決出来ないと前から主張していたが、原告側との大っぴらな交渉は「司法への介入」と受け止められる可能性があり、行ってこなかった。だがここにきて文大統領は、原告を説得する必要性を強調した。変化の兆しかもしれない。

韓国政府は日本政府と原告を説得できるのか

問題解決のためには、韓国政府が日本政府と原告の双方が納得する解決策を提示し実行する必要がある。今回の文大統領の発言を受けて、韓国政府と原告側との交渉が活発化することが予想されるが、交渉すればすんなり解決する話ではない。日本政府と原告が納得する具体的な解決策を韓国政府が出せるのかが最も重要であり、文大統領は会見で具体的な解決策には全く触れなかったからだ。

問題解決に向けた道のりは遠く、ゴールがあるのかも定かでは無いが、今回の会見で解決に向けた小さな一歩が踏み出されたと言えるだろう。

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【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】