アメリカ・シリコンバレーを拠点とする教育機関「シンギュラリティ大学」。

このプログラムが日本で初めて東京都内で行われ、国内外の第一線で活躍するスピーカーが、『破壊的』テクノロジーをテーマにプレゼンテーションを行った。日本からはヤフージャパンのCSO(チーフストラテジスト)・安宅和人さんがスピーチを行った。

安宅和人さん(SingularityU Japan Summit)
安宅和人さん(SingularityU Japan Summit)
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いま、産業革命並の変化が訪れている


安宅さんは脳神経学者でデータやAIの社会への影響、今後の展望の第一人者、しかもマネジメントにも造詣が深い。まさに日本が誇る『複数領域の知をまたぐ人』だ。

「AIが騒がれていますが、よりすさまじいものが来ます」

スピーチの冒頭、安宅さんはいま世界にはこの数百年続いてきた産業革命並の不連続な変化が訪れていると強調した。

いま私たちが歴史的な瞬間にいるのは確実です。囲碁で魔王とまで言われたイ・セドルや、ランキングトップのカ・ケツがDeepMind社のAIに負けました。彼らはIQ200位あるような連中です。人類の敗北です。

これからは、すべての領域においてモノとデータはシームレスにつながっていきます。モノからデータが生まれ、データからモノが生まれていくのです。

この結果、今の労働の多くを占める情報処理的な活動の多くが劇的に自動化の恩恵をうけるようになります。産業革命で、労働の大半を占める肉体労働、手作業から解き放たれたのと同レベルの変化が今起きつつあるのです。」

「たとえばリーバイス。100年前から同じモノを作っていると思われるかもしれませんが、生地がセンサー化した、いってみれば着るスマホのようなGジャンが年内に売り出される予定です。わずか350ドルです。五千年前からある最も古い産業の一つである小売業も店舗が知性を持つ時代になります。モノ・カネをアセットとしたハードウェア側の産業と、データ・AIを中心とした産業が分かれた時代は終わるのです」

「さらにおもしろいのは、分子サイズの機械をデザインする事が可能になりつつあるということです。IBMはなんと70ミクロンのコンピューターを本気で作っているそうです。髪の毛1~2本分ですよ。

また、数週間前の科学雑誌『Nature』に載った論文ですが、ついに人間の胚細胞での遺伝子変異の修復が成功しました。デザイナーベイビーはもう作るかどうかという段階に突入したのです。

このようにデータ・AI、モノづくり、そして生命科学の革命的な変化が相乗的に起きています。私たち人類はもう一回解き放たれるのだろうと思います

「人類の生産性の伸びを100万年に渡って調べた人がいます。その人によると、ギリシャ、ローマ時代から産業革命が始まるまで、約二千年で2倍くらいにしか上がっていません。しかし、産業革命以降の200年で50倍~100倍に上がっている。いま若干伸びが飽和気味ですが、これがまたはねる時が来つつあります。」

その具体的な兆候として安宅さんがあげるのが、『企業の時価総額ランキング』だ。かつてエネルギー産業や製造業が独占していた上位は、いまや米中のデータやAIを使い倒すICT関連企業が占めている。ちなみに、日本のトップはトヨタ自動車だが、今はベスト20にも入っておらず、47位だ。 

「世界の企業の時価総額ランキングを見ると、この10年間で様変わりしました。10年前というとちょうどiPhoneが生まれたときです。当時トヨタは10位でした。トヨタが小さくなったわけではないのですから、革命的なことが起こっているのは明らかです。

しかも、これらのデータやAIを使い倒す新しいトッププレーヤーたちは利益から想定されるよりはるかに大きい事業価値を持っています。実際、世界最大級のクルマメーカーであるGMの事業価値を4月にテスラが抜きました。ちなみにテスラの生産台数はGMの130分の1以下です。市場は「モビリティの未来がテスラにある」と信じているのです。

先進諸国及び中国の人口が数十年間は減り続け、数で見た既存市場が縮小することがほぼ確定した今、技術革新をテコに業界を刷新する力が、事業価値につながる時代に突入したのです。国富を生み出す方程式は本質的に変化しました」

(SingularityU Japan Summit)
(SingularityU Japan Summit)

日本は理工系の学生が足りない

このデータ×AI時代の中で生き残るのに大事なのは、データと処理力、そしてそれを回すヒトだ。では日本の現状はどうなのか。安宅さんは、「データのボリュームは米中のプレーヤーに対して勝負にならない上、米中で普通にできるような利活用も、日本では産業の保護規制で多くの領域で無理だ」という。

「データの処理コスト、つまり電気代は、日本はアメリカの5~10倍。中国はアメリカの10分の1と言われています。日本は中国の50~100倍のコストということです。だからビットコインのマイニングはほとんどが中国で行われているのです。ビッグデータ技術の大半は欧米やイスラエルに集中しています。ディープラーニングも主要な研究拠点が、英米に集中し、論文の数も米中が圧倒しています。」

では、大事な『ヒト』はどうだろうか?

「たとえばITエンジニアの数を見ると、米国は日本の3倍以上。さらに中国、インドにも負けている。ちなみに中国はすでに米国に並んだと言われています。

更に問題なのは、その構成です。日本にはビッグデータ系のエンジニア人材が少なく、いわゆるSIer的な人材がほとんどなのですね。先ほどのデータやAIを使い倒す企業が集中するアメリカは当然多く、過去のレガシーを持たない中国とインドはエンジニアの大半がビッグデータ系なのとは対照的です。

この一つの背景は、日本には理工系の学生の数自体がそもそも足りないことがあります、学部卒の2割強しかいません。僕みたいに博士課程に行くとヘンタイ扱い、デートもしてもらえない(場内笑)。かたや技術立国を自認する韓国やドイツは学部卒の6割以上が理工系です。人口が5000万人しかいない韓国に1年で10万人以上、理工系の学部卒の数で負けているのです。これはけっこう深刻かつ根深い問題です。

その上、日本はそもそも教育プログラムにデータサイエンスがなくて、やっと滋賀大学に一つ今年できたという状況です。かたや、全米で500をこすデータサイエンスのプログラムが既に存在しており、アメリカのトップスクールの学生は軒並み計算機科学や情報科学を学部段階で学ぶのが半ば当然になっています。話にならないんです。日本の子どもたちは、相手がマシンガンを持っているところに空手しか習っていないという感じなんです。

では専門家はどうかというと、そもそも数が少ない上、実社会に関心の少ない人が多い。我々に必要なのは、実社会にほとんど関心ないオタクではなくて、世界を変えようとするハッカーやギークです。

Yahoo!創業者のジェリー・ヤン、Googleの創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、Androidの父アンディ・ルービン、Facebookのマーク・ザッカーバーグ、TESLAのイーロン・マスクはすべてテックギークです。この5-6人だけで世界にどれだけインパクトを与え、どれだけの事業価値を生み出したか計り知れない。こういう人たちを何人生み出せるかが、いま日本には問われているわけです」

最大の問題は「ジャマおじ」学生や専門家だけの問題ではない。

 
 

実は日本で最も問題なのは、「中間管理職や経営層が『ジャマおじ』だらけになっていることだ」と安宅さんは強調する。

ミドル層やマネジメント層というのはもっとまずい状況にあります。いまどのぐらい本質的に確変モードの激変期にあり、これほど面白い時はないということ、このチャンスと危機、現代の挑戦の幅と深さを理解していないのです。

とてつもない下剋上が起きます。いまは古いアセットを持っていないプレーヤーほど強いわけです。たとえば、銀行では業務の大半はスマホで済ませられるので、支店とか大きなシステムの多くが恐らく要らなくなる。そういう問題があることをわかっていない上、たとえ気づいても直視しない。

また、本来この層にいるべきビジネス課題とサイエンス、エンジニアリングをつなぐアーキテクト的なヒトがいない。生き延びるためにはスキルを刷新しなければいけないが、身につける方法がわからない上、学ぶ場がない。その上、新しい人達の挑戦を意識するしないにかかわらず、既存業界を守る規制で邪魔をする。このままでは『ジャマおじ』だらけの社会になってしまうのです。本当に深刻な問題なんですね」

安宅さんは、いまの日本人の心象風景は『黒船来航』時と同じだという。

「データはない、使う場所はない、技術はない、人はいないで、この新しいデータ・AI時代において、いま日本は『黒船』がやってきた時代、164年前に限りなく近い状況にあります。見たこともない技術を持ったプレーヤーに呆気にとられ、立ちすくんでいる状況にあるのです。

日本の国民1人あたりのGDPは26位と57年前、1960年当時の順位まで落ちました。総GDPでも、今のままのトレンドでは、8千万人しか人口のいないドイツに間もなく負けます。

この15年間、主要国の中では日本は半ば一人負けです。バブルのせいではないのです。皆ICTのせいにしますけど、ICTが産業に占める割合は日米変わらない。逆に過去20年ぐらいを振り返ると、日本はほぼICTしか成長していないんですけど、アメリカではほぼすべての産業が成長しているのです。」

日本は20世紀までの産業革命の最終フェーズには勝ったが、情報産業革命の到来を予知して頑張っていたのはアメリカと中国だけで、日本は認識できなかった。日本はすでに1回戦は敗退したのだ。では、日本に希望はないのか?

安宅さんは、日本には巨大な『伸びしろ』があると言う。

「第1の波は乗り遅れましたが、産業革命と同じく、第2の波、第3の波は必ず来ます。データ・AIの力がPower to the People的に一般生活を含む、あらゆるところに広がっていく第二の波、そしてそれがつながり合っていくインテリジェンスネット化する第三の波が勝負です。

そこで大事なのは妄想ですが、日本は妄想量ではまけない。『ドラえもん』『攻殻機動隊』・・日本は子供の頃からなかば英才教育をやっています。(笑)これを、やってしまいましょうよと。

映画「シン・ゴジラ」に『この国はスクラップアンドビルドでのし上がってきた。こんども立ち上がれる』というセリフがあります。たしかにこの新しいゲームでは何もかもスクラッチに近い状態ですが、気持ちよく、もう一回やり直しましょうよ」

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。