映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」の主人公としても注目された立憲民主党の小川淳也衆議院議員。11月17日新型コロナウイルスに感染したことが分かり公表した。入院中はツイッターで自ら症状を報告。27日に退院後自宅(議員宿舎)で療養中の小川氏に筆者はインタビューした。小川氏が感染後メディアの取材を受けるのは初めてだ。

11月16日に発熱。感染経路は分からず

在宅の小川氏にオンラインでインタビュー
この記事の画像(5枚)

――いま体調はいかがですか?

小川氏:
活力が戻ってきたのがこの2,3日です。とにかく初期症状はかなりきつかったですし、退院してからもだるさが続いたので、「この先どうなるのかな」と正直不安になったくらいの日々でした。

――16日夜に発熱されたということですが、感染日や感染経路はわかっていますか?

小川氏:
それがわからないんですよね。潜伏期間がどのくらいあったのかもわかりません。ただ、マスクと消毒には気をつけていたので、あり得るとしたら会食なのかなと思うのですが、会食の相手に陽性者はいませんでした。

日中は元気だったが夜発熱し39度台に

――発熱した日の日中は元気だったんですよね?

小川氏:
16日はいつも通り地元(香川県)から上京しまして、日中は厚生労働大臣、農林水産大臣、総務省政務官らに地元の鳥インフルエンザ対策関連などで会っていました。マスクを付けていましたし、座席の距離を開けるよう配慮していたので、彼らは濃厚接触者にはなっていません。その後国会の健康センターに行って、走ったり、体を動かしたりしていたぐらい元気だったんです。その日の夜は会合が無かったので議員宿舎に帰宅して食事をとったのですが、その後どんどん熱が上がってきて最終的に39度を超えました。

――当日兆候はなかったのですか?寒気がするとか食欲がなかったとか?

小川氏:
まったくありませんでした。

「発熱した日まったく兆候はなかった」

39度で1キロ先の病院に歩いて向かう

――そして翌日の17日朝、熱が下がらなかったので東京都の相談センターに電話されたんですね?

小川氏:
はい、そうしたら一発で電話がつながって、すぐに対応してくださいました。そして近所のかかりつけのクリニックに問い合わせたのですが、症状があると検査を受けられないと。そこで相談センターが紹介してくれた1キロくらい離れた発熱外来に行きました。

――公共交通機関は使わずに行かれたのですか?

小川氏:
39度の発熱状態で1キロ先まで必死に歩いて行きました。もしこれが2キロ3キロ先だったら行けたのだろうかとか、もし病院が近くにない地方だったらどうするんだろうと考え、防護タクシーを国として整備・支援しなければいけないなと実感しました。

抗原検査で陽性反応が出て即入院へ

――外来病院ですぐに検査を受けたのですね?

小川氏:
病院の中には入れず外廊下で待機して、抗原検査、鼻の粘膜をとって検査をして1,2分たたないうちに「陽性です」と言われました。陽性と確認されていったん議員宿舎まで歩いて戻り、港区の保健所からの連絡を待ちました。電話がきて「熱が高いので入院した方がいいでしょう。防護車両を向かわせます」となったんですね。

――入院後検査と治療を受けられたのですか。

小川氏:
入院後CT検査や血液検査、心電図、レントゲン検査をして、幸いだったのは肺炎の兆候がなかったことです。血中の炎症傾向、血栓を作る傾向が通常より高かったとはいえ、そんなに高くないということで軽症と診断されました。不安だったのは呼吸器につなぐなど重篤な症状にならない限りは、「投薬はなく経過観察になります」と言われたことですね。

――39度の発熱でも軽症と診断されるのですか?

小川氏:
とにかく辛かったのは発熱と倦怠感です。味覚や嗅覚は大丈夫でしたが、ここで私が強調しないといけないなと思うのは、本人がどれだけ辛くても重症のカテゴリーに入らなければすべて軽症になるのですね。ですから軽症といってもこのウイルスを侮らないでほしいと思います。

「軽症といってもこのウイルスを侮らないでほしい」

“汚染地域”の病室から一歩も外に出られず

――入院中は隔離されていたのですか?

小川氏:
“汚染地域”と書かれているエリアの中の一人病室でした。トイレやシャワーは部屋から出なくて済むように病室内にありました。食事は1日3度普通食を持ってきてくださいました。病室から出られないので、「どうしても必要なものはメモ書きしてお金を看護師さんに預けてください。2日に1回病院にある売店で買ってきますから」と言われて、水を買ってきてもらいました。こういう対応まで看護師さんにお願いしなきゃいけないというのは、医療現場に対する過重な負担だと感じましたね。

――入院して2日後の11月19日にツイッターに動画を投稿されて、病状の報告をされましたね。

小川氏:
公人としての責任は感じていたので、どういう症状でどういう経過をたどったのかはお伝えする責任があると思って。当日はようやく熱が37度台に下がったので動画を投稿したのですが、実はいったん下がった熱がその後また38度台に上がってしまって、軽症扱いとはいえやはりコロナはしつこいし、手強いウイルスだなと実感しましたね。ですから繰り返しますが決してコロナを侮らないでほしい。最大限警戒してほしいということを患者の当事者の1人として非常に強調したいです。

ツイッターで病室から症状を報告(小川氏のツイッター動画投稿より)

――確かに19日に動画投稿されて以降、退院まで投稿がなかったですね。

小川氏:
最低限の責任だけ果たさせたと思って、その後はまったく気力もわかないし第2波、第3波の発熱に苦しんでいたので。事務所から「第2弾を投稿しませんか?」と言われましたが「それは見送らせてください」と言いました。

濃厚接触者以外は私費で検査が課題

――発症された当日に会われていた国会議員や霞ヶ関の人たちは、その後PCR検査を受けたのですか?

小川氏:
これも1つの課題ですが、今回濃厚接触者と判断されたのは、私の妻、娘と秘書、それと会食の相手だけなのです。これは発症2日前からカウントするそうですが、濃厚接触者と認められると公費でPCR検査を受けられます。今回は全員が陰性でしたが。ところが国会、霞が関の人達はマスクをして会っていたので、濃厚接触者に該当しないんですね。ただ検査をするべき社会的責任のある人達なので、数万円の私費を払って検査を受けざるを得ないんですよ。この点もやはり国政上で解決すべき課題では無いかと感じました。

――この経験を国政の政策決定に今後活かせそうですね。

小川氏:
今年9月まで厚生労働委員会にいて全体観をもって様々な議論をしてきたつもりでしたが、「細部に神宿る」といいますか、実際に患者がどういう経験しているのか、どこに医療現場のボトルネックがあるのかは当事者にならないと個別具体論として想像しようがないと思いました。回復しつつあるから言えることでしょうけど、貴重な体験をこの国難の中でさせていただいたという気持ちです。

小川氏「医療現場の努力だけには頼れない」

――最後に改めて家族や支援者、広く国民に対してメッセージをお願いします。

小川氏:
まず家族や支援者には濃厚接触者にしてしまい非常に申し訳なかったと思います。私の場合、結果的に濃厚接触者の皆さんが陰性だったのですが、もし陽性だったら罪の意識、結果責任の意識にさいなまれただろうなと。これはすべての患者さんも同じ思いでいらっしゃるのではと思います。

また医療現場は本当に奮闘していらっしゃいます。ある看護師さんは「私たちは病院と家の往復以外は外に出ません。相当な緊張感で仕事に日々当たっています」とおっしゃっていました。

――今後益々医療現場が逼迫することが予想されますね。

小川氏:
病床の余裕、医療資源の問題を考えると、この夏場の準備が果たして充分だったのかという検証もこれから必要になってくると思いますが、これ以上医療現場の努力だけには頼れません。政治の力ももちろんですし、国民の警戒心で感染のペースを抑えこまないと本当に大変なことになると実感しています。

最後に、私がこれから直面しなければならないことだと思いますが、本格的に職場・社会復帰する時に、感染症特有の差別感情に直面することもないとはいえない。そういうことに対する対策や向き合い方もこれから考えていかなければならないと思います。

――本格復帰はいつ頃になりますか?

小川氏:
退院直後に比べると随分快方に向かっておりまして、わずかにだるさが残っている程度です。退院から2週間程度は要注意と言われているので、来週後半にはリアルで活動したいなと考えています。この国会の出席は難しいかもしれませんが、その間の様々なご依頼や面談は基本的にリモートで対応したいと思っています。

――今日はありがとうございました。くれぐれもお大事にされてください。

(12月3日在宅の小川氏にオンラインにてインタビュー)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款


フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。

政策・政治
記事 457