「永田町バトン」第8回の国民民主党・牛田茉友参院議員からバトンを引き継いだのは、参院議員1期目、公明党の司隆史議員(46)。 地元・大阪市で市議会議員として活動する中で「現場主義」の大切さと楽しさを実感し、国政の道を踏み出した司さん。「次から次へと勉強しなくてはならない」と苦笑いしつつも、「情熱は無限大だ」と熱い言葉で、国会議員1年目を振り返った。
市議会議員時代からポリシーは「現場で盛り上がる」こと
司さんは、大学院を卒業後、民間企業や議員秘書、公明党職員といったキャリアを経て、2023年に大阪市の市議会議員となった。
司さんは市議時代について、「格好良く言うと、議員だから助言や指導をするということではなく、地域の中で一緒に考えて取り組むということがポリシーとしてあった。本音は、みんなと現場で盛りあがった方が楽しかった」と話す。
「僕らの世代は新しい発想で社会貢献できる」国政挑戦への決意
一方、地域との絆が深まるにつれて、「自分の個性を活かして活躍している人ばかりではなく、自分らしく生きられていない人が色々な世代でいる」と肌身で感じることが増えていったという。

そんな中、司さんは、「同年代で趣味がDJの介護施設長が施設でディスコをやったところ、施設で生活する高齢者が青春時代を思い出して元気いっぱいになった。その姿を見て感動した。僕らと同じ世代、30代40代は、新しい発想で社会に貢献できる」と思うようになっていった。
そして、「良くも悪くも、私は実感ベースで物事を考えるタイプ。(地域が)これだけ苦労し、これだけ頑張っているのに、なんで行政は歩み寄ってくれないのか。そう思って聞いてみると、(行政は)予算やマンパワーが足りなかったという。それなら、政治が変わらないといけない」と考え、国会議員になろうと決意したという。
地域の力を活かしたい思い…国会でも十分通用する
司さんは、2025年7月の参院選で初当選を果たしてから1年以上が経った。

「知識も少ないし不安もあるが、とにかく地域の力を活かしていきたいという思いでスタートした」が、「国会というバカでかいフィールドでも十分通用する。現場の声が最先端の感覚であり、アイディアだ」と感じたという。
ただ、「国会にいると、(市議時代に)地域に直接聞いていた時より、現場、国民の声が遠いなと感じる」とも話した。
そして、「国会は法案が次から次へと出てきて勉強しなくてはならない。自分が国民感覚で、どういう質疑をするべきかと考えた時、自分の力不足を感じる」と述べた。
“自転車の青切符”制度巡り、地域の声から国を動かせた
そんな中、地域の声が国に届いたと実感できた瞬間があったという。
2026年3月の予算委員会で、自転車の交通違反にも反則金を科す“自転車の青切符”制度の導入が議論された時のことだ。
司さんが問題を指摘したのは、小学生以上を乗せた場合に2人乗り違反として罰金の対象となる点。地域で受けた生の声をもとに、働く親が自転車で子どもの幼稚園や保育園の送り迎えをしていた場合、「小学生になったとたん、親の自転車には乗せられないというのはどうなのか」と質問した。
司さんは、「調べてみたら、乗せられる体重の基準に従って、小学生以上はダメだという。その基準体重が24キロだった。私の小学2年生の子どもも、まだ24キロはない。自転車での送迎が一番必要な低学年の1・2年生の時は、基準体重以下なのではないか」と話す。
当時の赤間二郎国家公安委員長はその後、この時の質疑などを踏まえて、自転車に同乗できる子どもの範囲拡大を検討する方針を明らかにした。
司さんは、「まさに地域での相談事から始まった結果だ」と笑顔を見せた。
「人が人を応援できる社会を政治が作る。これが私の決意。情熱無限大!」
最後に、国会議員としての今後の決意を聞いた。

「医療、介護、福祉、生活、教育など、いろいろな分野で仕事をしている人から、悩んでいる人を応援したいという熱量を感じることができたことが私の一番の財産だ。応援できる社会の環境を、政治が作っていかなければいけない。これが自分自身の決意。情熱は無限大だ」司さんから力強い言葉が返ってきた。

