国会議員ってどんな人?我々政治記者がよく聞かれる最も素朴な質問だ。
熾烈な選挙を勝ち抜いてきた国会議員たちには、全国的な知名度はなくとも、驚異的な能力・特技を持った人や、人間味に溢れた魅力的な人が多い。
フジテレビ政治部は、そんな“知る人ぞ知る”国会議員にバトンリレー形式で連続インタビューし、「日本の国会議員」の実像をお伝えする。
「永田町バトン」第7回の深作ヘスス議員からバトンを引き継いだのは、参院議員1期目、国民民主党の牛田茉友議員(41)。
元NHKアナウンサーとして16年間のキャリアを積み重ねた先に選んだ国会議員の道。人生の転機となったのは、取材現場で感じた“もどかしさ”や“無力感”だったという。
“問題提起”から“制度を変える”側へ
2009年にNHKアナウンサーとなった牛田さんは、東京や大阪など5カ所の勤務地を通して16年間、スタジオから日々のニュースを伝えるだけでなく、地域の課題を見つけ現場を取材することも多かった。
そして、放送に対する世間の反響にやり甲斐を感じる一方で、メディアの立場で課題を変えるには「もう一歩」足りないと感じる瞬間があったという。
それはコロナ禍の2021年。変えるためには「メディアではなく政治なんだ」と痛感した現場に出会う。
「自殺防止センターの相談員を取材したのですけど、『1カ月に1万件(の相談が)ある中で300件しか受けられません』とおっしゃって、私の目の前で電話がすごく鳴っていたのですが、鳴って消えて鳴って消えてで、私も(電話を)取って対応したいのに、素人が取っていい電話ではない、ただカメラをまわすことしかできない現状にものすごく無力感を感じて…」
メディアによる“問題提起”は重要だと考えながらも、“制度を変える”側に立ちたいという思いが強くなる中、国民民主党から「ぜひ一緒にやらないか」と声がかかったという。
先輩議員から心動かされたひと言
牛田さんは、国民民主党から立候補するきっかけとなった当時のエピソードを語ってくれた。
「私を誘ってくれたのは伊藤孝恵議員で、『牛田さんが手柄が欲しい人だったら、選ぶべきは国民民主党じゃない。政治家は手柄を欲しがる人が多いけれど、もしあなたが手柄を欲しいと思うなら、うちじゃないところを選びなさい』と言われました。手柄欲しさではなく、社会の課題解決をやりたいという思いが、伊藤さんと話す中で強くなっていきました」
国民民主党の中でもヤングケアラーや孤立・孤独支援の問題に注力する先輩議員の言葉に強く動かされていった。
変えることの難しさと、わずかな手応え
2025年7月の参院選で東京選挙区から出馬した牛田さんは、63万票超を獲得して初当選を果たす。
それから丸1年、主に障害のある子どもや親たちの支援対策などに注力しているという。
「障害児福祉の所得制限の撤廃にも取り組んでいるが、(政府から)なかなか前向きな答弁を引き出せない。ここから先どうやって、どの角度で質問していこうか」
そう考えながら、制度を変えることの難しさを痛感しているという牛田さん。
一方、障害者支援について、18歳という年齢を境に一部で継続利用できなくなる “18歳の壁”と呼ばれる問題の解決に向けては、ほんのわずかな手応えを感じていた。
「(国会審議で)上野厚労大臣に質問した際に、ちょっと前向きな答弁があって、『改善に向けて、報酬改定(のタイミング)に合わせて検討を進める』と手元の紙を見ずに発言されました。変えなきゃいけない課題は、繰り返し言い続けないといけない」と気づかされたそうだ。
国会議員として過ごした初めての1年間について、「やっていることは、(NHK時代に)取材していたことと多分同じようなことで、当事者や団体に話を聞く方法だとか、インタビューの仕方みたいなものは変わらないなと感じますね。(経験が)役に立っています」と振り返る牛田さん。
大好きな植物観察の散策は“お預け”
国会議員になってからは、趣味の植物観察のために外を散歩する時間がなかなか取れないそうですが、お気に入りの銀杏並木の写真を見せてもらった。
「銀杏って秋に落葉しますよね、そして春先に、銀杏の葉っぱの形をした小さいサイズの葉が出てくるのをご存じですか。全く一緒の形の小さくてかわいい葉っぱがワーッと出てきて、一週間で景色がすごく変わるんですよ。そういう様子を定点で写真を撮ったりして、四季の移り変わりを楽しみます」
最後に、国会議員として目指す社会について聞くと、「誰もが『当たり前の暮らし』をできる社会に」という言葉が返ってきた。

「『当たり前』は、本人にとっての当たり前。普通という意味ではなくて、自分が求めた暮らしができる社会にしていきたいという思いです。先日、超党派の発達障害を支援する議員連盟の副会長になりました。法改正に向けて(秋の)臨時国会からまた動き始めます。障害児者が選びたい選択肢を選べ、働きたい親が働けるようになる、そういう当たり前をみんなが選べる社会になっていくとハッピーだなと思っています」

