ミラノ・コルティナオリンピックフィギュアスケート女子で銅メダルを獲得した中井亜美選手を育成するコーチたちが実践する“怒らない指導”。それは企業などにとっても重要な意味を持っていた。
■「選手の明るさが消えた」“怒らない指導”を始めたきっかけ
楽しさを全面に打ち出した演技。そして、その後のあどけない表情で世界魅了したミラノ・コルティナオリンピック銅メダリストの中井亜美選手。
そんな中井選手を育成するのが、MFアカデミーの中庭健介コーチと池上信三コーチだ。
2人が実践するのは“怒らない指導”。
ただ、初めからこれを実践できていたわけではないと中庭コーチは話す。
「勝っている選手はこんなにやっているんだ。お前もやれということ。だから理由も根拠もない、ただ向こうがやっているからこれをやれという形。その子の明るさがどんどん消え、このやり方でいいのかという」
こうした悩みを解決するためにも指導者を対象とした研修などを受けながら現在のスタイルを確立。
現役時代から中庭コーチの相談相手だった池上コーチもその変化が重要だと話す。
「変わるのは自分なのか、選手なのかとなったときに、自分が変わらなければいけないと思える人か、いや自分は問題ない、選手のせいだと思う人か、大きな隙間がある。だから、色んな指導者を見てきて、彼のように自分の問題を改善できる人ばかりならいいのになと思う」
かつて厳しい指導を受けた経験があるという選手は怒らない指導について「かつては理不尽に理由なく怒られていたことが多かったが、こっちは何か注意されることがあったら、それはちゃんと理由があることだし、私をもっとうまくするための指導だというのが分かりやすいので、それがいいなと思う」と話す。
■「やるかやらないかは選手に任せる」
MFアカデミーが大切にするのが『主体性』『ベストを尽くす』、そして『想像力』の3つだ。
中庭コーチは「周りから見ると厳しいことをやっているんだけど、選手本人は別に厳しいと感じない状況をつくり出すのが理想。俗にいう、圧力で量をこなさせたり、圧力で『こんなんじゃだめだ』とか、『あいつに勝てないぞ』というのが今までの厳しい指導。ここに関して理路整然と、客観的に“あと何点上げたい”だったら、1カ月後にはこのぐらいできていないとスケジュール的に間に合わない、だったら1週間でこのぐらい、2週間でこのぐらい、3週間でこのぐらいというふうに道筋をちゃんと立ててあげる。正直、やるかやらないかは選手に任せる」と語る。
スポーツ動作分析の専門家である池上コーチの指導では、選手の動きを否定することはなく、正しい動きへと促す言葉が並んだ。
その結果、「効果としては、これできたよ、あれができたよと僕のところに報告に来てくれる人数がめちゃめちゃ増えた」と池上コーチは話す。
選手が自ら学びたいと思える環境をつくる。そのために2人は選手それぞれの成長度合いを細かく共有している。
■否定せずに成長促す指導 一般社会でも重要に
そして、氷上での指導を担う中庭コーチが大切にしているのが、人を頼るということだという。
「みんなでつくり上げていくことが大事。自分が全部正しいとか、自分が全部間違いないという物差しからスタートしちゃうと、意外に全然だめだと自分自身が気づく。そういうのも大事かなと思う」
コーチも成長しながら実現していく怒らない指導。その重要性は一般社会においても同じことなのかもしれない。
池上コーチは「怒らないを目標にしてはいけない。怒ることによって、威圧したことによって、相手の体と頭がどのようにマイナスの影響を受けるのか、だから次に何かプランを提案しろと言っても無理だと、あなたが怒ったことによって、この人の無理をつくったという知識があれば、能力を引き出すために怒らずに何ができるのか、次のことを考え出さなければいけない。それを上司側がやる」と話す。
また、中庭コーチは「あまり反射的に物事の話をしない。部下に当たる人に意見を言うのは、ものすごいプレッシャーかもしれない。それを頭ごなしに『うちはこうだから』ではなくて、どんなことでも話をちゃんと聞いてあげる、そういうことを常に意識して現場ではやっている」と話した。
ハラスメントという言葉を耳にする機会が増えた今、選手や部下の成長を促すために怒る指導は必要なのか?改めて考える必要があると言えそうだ。
