安倍政権が新たな看板政策として掲げた「人づくり革命」が、本格的に始動しようとしています。「人づくり革命」は「すべての人に開かれた教育機会の確保」や「学び直しの機会の充実」などを通じて人材育成を強化し、成長戦略の柱として日本経済の成長力向上につなげるのが主眼で、なかでも「教育無償化」は最も大きなテーマになります。

6月に決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」は、「多様な教育について、全ての国民に真に開かれたものとしなければならない」と強調し、その第一歩として「幼児教育・保育の早期無償化」を打ち出しました。「子供たちの誰もが家庭の経済事情にかかわらず、それぞれの夢に向かって頑張ることができる社会を創る」との理想が掲げられましたが、実現に向け大きな壁となるのが財源です。

 
 
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幼児教育や保育の無償化は、すでに低所得世帯で一部行われていますが、就学前の0歳から5歳までで完全実施する場合、内閣府がとりまとめた試算では年間1兆2000億円が必要となります。

所要額をまかなうには安定的な財源確保が不可欠で、いくつかの選択肢が俎上にあがっていますが、検討の軸となるのが「こども保険」を導入する案です。

これは現在、自民党の筆頭副幹事長である小泉進次郎議員ら党内若手グループが3月に提言したもので、社会保険制度を利用し、子育て費用を現役世代で幅広く負担する仕組みであり、働く人や企業の保険料負担を上乗せするなどして、無償化の財源にしようというものです。

たとえば、勤労者と企業が支払っている厚生年金保険料の料率をそれぞれ0.1%ずつ引き上げると、年3400億円の財源が生まれ、引き上げ幅を0.5%まで拡大すると、確保できる財源は年1兆7000億円に達するとされています。

これを未就学児への児童手当の拡充に廻した場合、手当を月2万5000円増やすことができ、保育園や幼稚園で保護者が負担している料金の平均が月額1~3万円であることから、幼児教育や保育の実質無償化が実現できる計算になります。

ただし、児童手当を増額するやり方は、実際に子供の教育費用として使われるかが明確でなく、貯蓄に廻ってしまうおそれがあり、保育所の整備など現物給付で子育て支援を図るべきだとの声も根強くあります。

こども保険は、高齢者に偏っている社会保障を子育て層を含めた「全世代型」に転換し、社会全体で育児環境を支えようという構想ですが、子供がいない世帯や子育ての終わった世帯は保険料負担が増える反面、恩恵は受けられません。

さらに、厚生年金保険料の上乗せで徴収する場合、勤労者と企業の折半であり、退職した高齢者は支払いません。世代間で不公平が生じるという問題が指摘されるなか、経団連は「現役世代や企業にのみ負担を求めるのはバランスを欠く」と懸念を表明するなど、制度設計には数多くの課題が残されています。

 
 

教育無償化をめぐっては、大学など高等教育での実施を目指す動きもあり、骨太の方針には「必要な負担軽減策を、財源を確保しながら進める」という表現が盛り込まれました。

大学などでも授業料負担を軽くすべきだという主張の理由のひとつは、収入による教育格差です。

東京大学の調査では、両親の年収が年収1000万円超の場合、4年制大学への進学率は6割なのに対し、400万円以下だと3割にとどまっていて、確かに親世代の所得が子供の学歴に影響し、格差が固定しかねない現状も伺えます。

一方で、労働政策研究・研修機構の統計によると、大卒・大学院卒の生涯賃金は高卒より6000~7000万円高くなっています。高等教育は、生涯年収の増加という私的便益につながる自己投資の面が強いことから、低所得層に絞り込んでの授業料減免や貸与型の奨学金などでの対応を検討する必要があります。

また、無償化の対象を大学・短大にまで広げると、3歳児段階から合算した所要額は4兆円を超えると試算されていて、さらに大きな財源が必要になります。

税金でまかなうとした場合、消費税は国民が広く負担し、多額の財源をねん出しやすい税目ですが、2019年10月に予定されている次の10%への引き上げに際しては、使い道がすでに決まっています。

自民党内には教育分野に限って発行する「教育国債」を創設しようという声もありますが、実質的には赤字国債と変わらず、将来世代に償還というツケを払わせることになります。

教育予算の拡充は、次世代の人材育成への投資強化であり、経済成長の原動力となるほか、子供が増えれば、年金・医療・介護の「将来的な担い手」が数多く育成されることにつながります。

少子高齢化が急速に進むなか、子育てや教育にかかる負担を社会全体でどう分かち合っていくのか。

議論が本格化する「人づくり革命」政策の成否は、成長戦略の実効性とともに、財政や社会保障制度の持続可能性を高められるかどうかの大きなカギを握ることになります。

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員