人と動物の健康、そして環境の健全性をひとつの健康と捉え、守っていこうという理念の『ワンヘルス』。全国に先駆けて推進してきた福岡県“肝いり”の事業は今、根底からの見直しを迫られている。
事業見直しの背景に巨額の公費
5年間の関連予算が58億円に上る『ワンヘルス』事業。福岡県の看板政策が、その妥当性を評価する行政改革審議会が2026年8月25日、福岡県庁で始まった。
その同じ日、ワンヘルスをライフワークと称し、その政策を推し進めてきた県議会の重鎮、蔵内勇夫元議長(72)が、県議会議員を辞職した。

推進のけん引役を失ったなかで始まった、異例の検証作業。審議会では「知事や執行部に覚悟はあるのか」などと、委員による厳しい指摘も相次いだ。

事業見直しの背景にあるのは、相次ぎ投じられた巨額の公費だ。そのひとつ、蔵内氏の地元、筑後市の筑後広域公園に設置されたモニュメントは、約3億円が投じられている。

やまない批判に対し、かつて蔵内氏は「あれはね、将来、私は評価されると思います。ある意味では、福岡はワンヘルスの発祥の地となるでしょう。そういったところには、やはりシンボルが必要」(8月10日・記者会見)と主張していた。

このほかにも、福岡市の舞鶴公園に開設された『ワンヘルスパーク』は、約6千万円をかけて整備されたものの、当初予定されていた1年で閉園。

みやま市で建設が進む、いわゆる『ワンヘルスセンター』は、老朽化した県の保健環境研究所の移設に加え、ワンヘルスの体験学習施設なども整備される予定で、総事業費は約200億円に上る。

「ワンヘルスと言えば予算がつくとか、何でもワンヘルスとかそういった疑念、疑問、誤解を生んでしまった」と語った福岡県の服部誠太郎知事(71)。

行政改革審議会での答申が出るまでの間、ワンヘルス関連の新規事業を凍結すると発表し、対象となる事業は約1億3千万円に上っている。

多額の公金が使われてきたことへの疑念などから、ワンヘルスには、県民の冷ややかな目が向けられている。
批判のなかで置き去りにされた理念
人と動物の健康、そして地球環境を一体となって守るという考え方を表すワンヘルス。人獣共通感染症対策や環境保護、動物愛護をはじめとした人と動物の共生など、その要素は多岐に渡る。
しかし、その批判の陰で、やりきれない思いを抱く当事者もいる。

「その費用があるんだったら何匹のイヌとかネコの去勢手術に回せたのかなって。悔しいですね…、せっかく始まっていきかけたのに、これが立ち消えするとちょっと…、辛いです」と話す福岡県内に住む女性。

飼い主のいないイヌやネコを保護し、不妊手術や病気の治療を行いながら、新たな引き取り手を探す活動を20年以上に渡って個人で続けてきた。

女性は「ワンヘルスがあるおかげで、私たちの保護活動で住民の皆さま、地域の皆さまに説明しやすい部分があったんですよね。『人間だけの地球じゃないんだから、温かく一緒に共存していってくれませんか。見守って頂けませんか。短い命なので』みたいな感じでお願いしている。蔵内さんが獣医師会の会長であるなら、獣医師会も巻き込んでのワンヘルスに期待していた」と話す。

福岡県がワンヘルスを推進することで、その理念が広がり、活動に光が当たるのではと希望を抱いていたという。

実際、県政の『柱』と位置づけられたことで、地域住民への説明や活動のやりやすさは、大きく変化したというのだ。
5万円前後の避妊・去勢費用は“自腹”
しかし、その理念の裏で疑問視されたのが、ワンヘルスを強力に推し進める蔵内氏をはじめ、県議会を巡る一連の問題だ。

3年間で23件に上る県議会における海外視察の総額は2億6千万円余り。そのうち7件がワンヘルスに関連した視察だった。さらに3億円ものモニュメントをはじめ、その必要性に疑念が尽きない税金の使い方に、女性は強い憤りを感じている。

「その費用があるんだったら、何匹のイヌやネコの避妊や去勢手術に回せたのかなって…。結局、身銭切ってって言いますかね。『好きだからやってるんでしょ』って言われるけど、好きだけではやっぱりやれないですよね。抱き上げた命だから、やっぱり責任持ってというところがあるから」
福岡県は3年連続で譲渡できるイヌやネコの殺処分『ゼロ』を達成したと発表している。

しかし女性は「ゼロになったって言うのは、ボランティアが頑張っているってことですよね。頑張って働いた給料で避妊手術代とかも捻出しているわけだから。個人、団体でも全部寄付で賄えるわけないんだから。みんな身銭切ってるところがあるので、そういうところにも目を向けて欲しい」

避妊や去勢の手術にかかる費用は、性別や種類によっても異なるが、5万円前後に及ぶケースもある。

自治体からの補助金もあるが、全てを賄うことはできず、対象となる病院も限られていることから、現場からは「使い勝手が悪い」「実態に即していない」などの声も上がっている。

更に、昨今の物価高でエサ代なども値上がりしていて、関係者によると保護活動を断念する団体も出ているという。

ワンヘルス関連予算への批判が高まるなか、ワンヘルスの理念そのものにも批判的な声が集まっていることに関係者の間では不安も広がっている。

女性が求めているのは、本来の目的に沿った事業の推進だ。
「見直す必要はあると思います。どこにお金が必要で、正直、モニュメントも要らなかったと思うし。ワンヘルスを通じて、温かい、弱いものに手を差し伸べるようなところに福岡県になって欲しいなっていう期待があった。せっかく立ち上げたんだったら、ちゃんと前に進めて、福岡県の目玉政策として成功して欲しいて思います」

膨らんだ予算への厳しい視線と、ワンヘルス本来の理念への思い。単なる事業の検証にとどまらず、現場の実態に向き合うことが求められている。
(テレビ西日本)

