疎開船「対馬丸」がアメリカ軍の攻撃を受け沈没した事件からまもなく82年です。
沖縄県那覇市の対馬丸記念館には新たに8人の遺影が掲示されました。

太平洋戦争末期の1944年8月22日、長崎に向かっていた疎開船「対馬丸」が、アメリカ軍の潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没し、少なくとも1484人が犠牲になりました。

那覇市若狭の対馬丸記念館では15日遺族からの提供を受け、8人の遺影が新たに掲示されました。

おじ・国吉敏男さんとおば・国吉ヒデ子さんの写真を提供した國吉修さん:
遅ればせながら今回遺影を提供できたということは良かったと思います

おじの遺影を提供した知念さんは、写真が残っていなかったため、親族からの聞き取りをもとに肖像画を制作し、遺影として提供しました。

おじ・知念秀稔さんの遺影を提供して知念優樹さん:
肖像画だったら親戚の知っている人に聞いてできるなということで、妹が肖像画を作って今回やっと。遺影が飾られてホッとしています

対馬丸記念館には426人の遺影が展示されていますが、犠牲者のおよそ4分の1にしかすぎず、記念館は遺影の提供を呼びかけています。

沖縄テレビ
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