狭い居間に、何十匹もの犬が折り重なるように密集し、暖炉の中にまで入り込んでいた。あまりの光景に「AI画像ではないか」と疑う声も上がったが、実際にイギリスの住宅で撮影された写真である。
今年1月、この家から保護された犬は264匹。毛は糞尿や汚れにまみれ、避妊や去勢がされないまま繁殖を繰り返していた。
保護後、毛を剃り、ワクチン接種や寄生虫の駆除などが行われたが、人や首輪、餌のボウルさえ怖がる犬もいた。
救出から時間がたった今、犬たちはそれぞれ新たな暮らしを始めている。
人が大好きだけど今も“ひとり”が怖い
民間の慈善団体イギリス王立動物虐待防止協会(RSPCA)の施設で出会ったのは、264匹のうちの一匹、ポージーだ。現在は新しい飼い主に保護犬として引き取られ、家庭で暮らしている。
ポージーは視力のほとんどを失っている。それでも今では人が大好きで、やんちゃな一面も見せるようになった。飼い主は、その変化をこう語る。
「彼女はとにかく愛情深いんです。これ以上ないくらい、人に愛情を向けてくれます。元気になっていく姿を見ることが本当にうれしかった」

しかし、穏やかな日常を取り戻した今も、過去の記憶が完全に消えたわけではない。
ポージーは“ひとり”になることを嫌がるという。
「ずっと周りに犬がいる環境に慣れていたからだと思います。私たちが部屋を出る時だけ、とても不安そうなそぶりをみせるんです」
常に何十匹もの犬に囲まれていた生活。その環境から救い出された後も、孤独への不安は残り続けている。そうした不安を抱えながらも、ポージーは少しずつ新しい暮らしになじんでいる。

飼い主は、保護犬を迎える喜びをこう語る。
「つらい過去を持つ犬に新しい人生を与えられることが、保護犬を迎える大きな喜びです。また、彼女を連れて歩くことで、多くの人がその背景に関心を寄せます。それが、保護犬の現状を知ってもらうきっかけにもなっています。」
施設に残る1匹 新しい家族を待つ
一方、施設には今も新しい家族を待っている犬がいた。1歳半のルーファスだ。この施設が受け入れた12匹のうち、最後まで残っている1匹である。

筆者が手を近づけると、ルーファスは鼻を寄せ、慎重に匂いを確かめた。若い犬だが、白内障の影響で視力に不安があり、手術を受けた。

保護された当初に比べ、体重は3キロ増え、現在は11キロ。食欲も戻ったという。職員に見守られながら、人の手や声にも少しずつ慣れ、人との距離を縮めている。

新しい家庭ですぐに暮らし始められる犬もいれば、病気の治療や人への警戒心を和らげるため、長い時間を必要とする犬もいる。再び人を信じ、家庭で暮らせるようになるまで、1匹1匹の状態に合わせた支援が必要になる
高齢夫婦の「娘」になったグレイシー
イギリス東部、ノーフォークの静かな住宅街。
ここで幸せそうに暮らしているのが、13歳のグレイシーだ。

人間の年齢に例えると、約90歳になる。引き取ったのは、84歳と86歳の夫婦だった。

夫婦が当初探していたのは、膝に乗せられるような小さな犬だったという。
グレイシーは、そのイメージとは少し違っていた。
しかし、初めて会った時、グレイシーはまっすぐ夫のもとへ歩いていき、膝に頭を乗せた。
「その瞬間、私たちはすっかり心を奪われました」
今ではソファでくつろぎ、庭を歩き、夫婦に甘える毎日を送っている。
グレイシーもまた、あの264匹の中の1匹だった。
保護される前の写真を見た飼い主のモーリーンさんは、今も涙をこらえることができない。
「何度も見ましたが、見るたびに涙が出ます。彼女が何に耐えてきたのか、どんなふうに暮らしてきたのかを考えると……」
つらい環境から救われたグレイシー。しかし今では、グレイシーもまた、夫婦を支える存在になっている。モーリーンさんの夫は、グレイシーについて「朝起きる理由ができた」と話しているという。

グレイシーは夫婦を外へ連れ出す。パブにも一緒に行き、そばで静かに横になる。家では自分のバスケットで眠り、夜中に外へ出たい時は夫を起こしに行く。

「犬の世話をしなければなりませんし、その存在が本当に素晴らしい伴侶になります」
夫婦には子どもがいない。
「いつか、どちらかが先にいなくなる日が来ることも分かっています。だからこそ、彼女がいてくれることは私たちにとってすべてなんです。彼女は、私たちにとって娘にいちばん近い存在です」

RSPCAは、保護した動物を譲渡した後も、期限を設けず相談に応じている。
飼育が難しくなった場合や、飼い主が亡くなった場合には、動物を再び引き取る仕組みも設けている。こうした継続的な支援が、里親の安心につながっている。

グレイシーは、安心して暮らせる家を得た。
そして夫婦は、グレイシーから「朝起きる理由」をもらった。

動物を救うことは、一方的に命を支えることではない。
ときに、その命に支えられながら、ともに生きていくことでもある。

