イギリス初となる日本音楽に特化した大規模な野外フェスが8月7日、ロンドンで開催された。1万人を超える観客を沸かせた出演者の一人が、シンガーソングライターの八神純子さんだった。

1970年代から80年代に「みずいろの雨」などのヒット曲で一世を風靡した八神さん。昭和の時代、多くの人を魅了したその音楽が半世紀近い時を経て海を越え、今、海外の若い世代に新たに見いだされている。
大ヒット 若者たちの心をつかむ
会場で目立ったのは10代、20代の若者たちだった。
かつてアメリカの音楽に憧れながら曲を作っていたという八神さん自身も、この現象を「不思議ですよね」と語る。では、なぜ半世紀前の日本の音楽が、今の若い世代の心をつかむのか。
会場にいた24歳のイギリス人女性は、八神さんの音楽について「音楽がきれいで、頭の中で別の場所に移動させられているような感じ」と目を輝かせて表現した。
その瞬間だけ 「せーの」で作る音楽
八神さんが注目するのは、曲そのものだけではない。当時の音楽が、どのように作られていたのか。そこに、今の時代だからこそ響くものがあるのではないかと考えている。

1970年代から80年代のレコーディングでは、ミュージシャンたちが同じスタジオに集まり、互いの音を聴きながら、「せーの」で一緒に演奏した。
誰かが弾いた音に別の誰かが反応し、その反応をさらに別の演奏者が受け取る。
そうして、その場、その瞬間にしか生まれないリズムやグルーブが作られていった。
八神さんは語る。
「お互いがちゃんと聴いて一つになる。それがもしかしたら、不思議と人を惹きつけている魅力なのかもしれない」
今は、データを送り合い、それぞれが別々の場所で演奏した音を重ねて、一つの作品を完成させることもできる。
一方、かつての音楽には、その場にいる人間同士が互いの音を聴かなければ成立しない“共同作業”があった。八神さんは、そこに今の社会との違いを見る。
「分断の時代」にこそ響く
現在はアメリカにも生活の拠点を置く八神さん。社会の分断を身近に感じているという。

「世の中、分断が進んでいる。日常の中でもお互いがお互いを聴いて一つになるってことができていない時代だと思う」
だからこそ、互いの音を聴き、一つになって作られた昔の音楽に、今の人々が何かを感じ取っているのではないか。
「もしかしたら、それが人の気持ちに触れるものがあるのかもしれない。きっと深い何かがあると思う」
八神さんはそう考えている。

海外の若者が惹かれているのは、単なる「昭和らしさ」や「レトロ感」だけではないのかもしれない。音楽の中にある、人と人とが互いを聴き、一つになる感覚。分断が進む時代だからこそ、その感覚が新鮮に響いている可能性がある。
「一つになる」を今の音楽にも
その思いは、八神さんが今歌う曲にもつながっている。
この日のステージで、特に歌いたかったというのが「TERRA(ラテン語の地球)」だ。

地球や生命、人類の平和への思いを込め、分断を超えて人と人がつながることを問いかける曲だ。
八神さんは、今回の出演について、シティポップ人気によってロンドンに呼ばれたことだけではなく、「TERRA」を歌えるのであれば、このステージに立ちたいと思ったと語った。音楽を通じて、自らの「叫び」を届けたい。そう考えていたという。

「TERRA」を歌った際、ロンドンの観客から大きな反応が返ってきた。八神さんは「とってもうれしかった」と、その手応えを語った。
かつて八神さん自身も、アメリカで音楽活動に挑戦したことがある。
しかし当時は、自分の感情を英語で十分に伝えられないことに壁を感じ、苦い思いをして日本へ戻った。その後、アメリカで暮らすようになり、英語でのコミュニケーションにも慣れた。
そして数十年後。今度は自ら追いかけた海外ではなく、海外の若者たちの側が八神さんの音楽を見つけ、ロンドンの大舞台へと呼び戻した。
「こんな機会が与えられるとは思わなかった。人生、何が、いつ起きるのか、わからないですね」
半世紀近く前に生まれた音楽が、国境も世代も越えて再び響き始めている。

