現実にクマ被害が起きているタイミングで、もっともらしい映像が出回れば、人々の不安は一層掻き立てられる。
このとき深刻なのは、誤解が一方向ではないことだ。誇張された偽動画は過剰な恐怖を生む一方で、「かわいい小グマ」の映像は「クマは案外おとなしいのではないか」という根拠のない安心感を生みかねない。
過剰な恐怖と誤った安心という、正反対の誤解が同時に広がり得る。この二方向の歪みは、現実の行動に影響を与える点で危険である。
野生動物との距離感や、災害時の判断のように、誤った理解が具体的なリスクにつながる領域ではなおさらだ。
善意で拡散されることも…
しかも、偽情報は必ずしも「悪意ある投稿者」だけが広げるわけではない。
宮城県の女川町で、住民から提供されたとされるクマの写真をもとに、公式アカウントが注意喚起を行ったところ、後にそれが生成AIによる偽物だったと判明し、訂正とお詫びが出された事例もあった。
ここで示されるのは、善意の注意喚起であっても、素材の真偽確認が追いつかないと、誤った情報が公的な発信の形で増幅されてしまうという現実である。
生成AIが変えたのは、偽動画が作れるようになったことだけではない。災害や生活安全の局面で、映像が「証拠」として消費される速度を押し上げ、フェイク情報の影響が現実の行動に接続しやすい環境を作り出した点にある。
ディープフェイクは、政治の道具であると同時に、日常の判断を揺さぶる装置でもある。
山口真一
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授。著書に『炎上で世論はつくられる』『スマホを持たせる前に親子で読む本』『ソーシャルメディア解体全書』『正義を振りかざす「極端な人」の正体』などがある

