人影の消えた夜に輝くクリスマスツリー

11月9日、ロンドンのエンターテインメントの中心地、コベント・ガーデン前の広場に2020年も名物のクリスマスツリーが設置されライトアップが始まった。高さ18メートル。3万個の電球が飾られ大変美しい。しかし例年なら大勢の見物客であふれかえる広場も、人影はまばらだ。恒例の点灯式も中止になり、マーケット内の店はほとんどが閉店。寂しい雰囲気が漂う。

イギリスも他の欧州諸国同様、この秋から新型コロナウイルスの感染が急増。11月5日、政府はそれまで「経済への影響が甚大」として回避してきたイングランド全土での外出制限=ロックダウンに踏み切った。

スーパーや薬局など生活必需品を扱う小売店以外は営業が認められず、パブやレストランなど飲食店、また劇場などレジャー施設、美容院なども閉鎖された。

複数のパブを経営するジョシュ・プランセアさんは「春のロックダウンが緩和されなんとか営業してきたが、まだ売り上げは戻っていない。これからという時にさらに4週間の営業停止だ。明らかにネガティブな影響だ」と話す。

「何があろうと料理を作り続ける」料理人の矜持

ロックダウン前夜の歓楽街・ソーホー。大勢の人でにぎわっていたが... 11月4日撮影
ロックダウン前夜の歓楽街・ソーホー。大勢の人でにぎわっていたが... 11月4日撮影
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ロンドン最大級の歓楽街ソーホー。ロックダウンから一週間後の街を歩いてみた。テイクアウトやデリバリーは認められているものの、大多数の飲食店が閉じられている。ロックダウン前夜に取材した際には大勢の人であふれていたが、わずか一週間で大きく様変わりしてしまった。

「13年間イギリスで暮らしていて、こんなソーホーは初めてです」日本料理店『寿限無』を経営する菊池勇弥さんはこう話す。菊池さんはロンドンにある大手の日本料理レストランで総料理長をつとめていたが、8年前に独立。

「ソーホーは多様な人間が集まり、競争が生まれて文化が生まれる街。」

その魅力に惹かれてソーホーに出店した。料理人は菊池さん一人。自分の力だけでこの街に挑みたかったという。小さな間口の店だが、本格的な日本料理がみとめられ、外国人にも人気の店になった。

ソーホーで日本料理店「寿限無」を営む菊池勇弥さん 11月11日撮影
ソーホーで日本料理店「寿限無」を営む菊池勇弥さん 11月11日撮影

「春先のロックダウンの時は段階的に緩和され、街も活気を取り戻しつつあったが、今回はテイクアウトも諦めるところが多く、前回より飲食店にとって厳しい状況だ」と話す。このままでは大きい資本の店しか残らず、小さな店が消えて個性豊かなソーホーの文化も消滅してしまうのではと懸念する。

取材した日は妻の早紀子さんも手伝いに訪れ、2人で汗をかきながら馴染みのお客さんのために料理を準備をしていた。

流行のアプリを使ったデリバリーサービスには頼らず、主に自ら電話やメールでお客さんの注文を受けて料理を作り、持ち帰ってもらう。

「お客さんの顔を見て、その人のために作っていると思えないと作りたくない」。

自分で作った料理を自らの手でお客さんに渡したい。料理人のこだわりをみせる。経営は厳しい状況だが大丈夫なのか、と菊池さんに聞いてみた。

「どういう状況でも自分の仕事は変わらない。毎日掃除をして、毎日料理と向き合って。明日もあさっても、良い料理を作るだけです」と穏やかだが決意に満ちた表情で答えてくれた。

春から続く在宅勤務は「快適」

住宅街は食品の買い出しなどで人出も多い ロンドン北部フィンズベリー・パーク 11月11日撮影
住宅街は食品の買い出しなどで人出も多い ロンドン北部フィンズベリー・パーク 11月11日撮影

ロックダウンにより原則的に家にとどまることが推奨されているため、住宅街では繁華街より多くの人の姿を見かける。認められているのは運動と必需品の買い出し。そのため商店街や公園には多くの人がいる。

ロンドン北部のフィンズベリー・パークでルームシェアをしながら暮らすデータ会社勤務のリッキー・ラッドさんと、コンサルタント会社勤務のアレックス・ベクソンさんを取材した。政府は現在、建設業など家でできない仕事を除いて、原則的に在宅勤務を推奨している。そのため2人とも春のロックダウン以後、半年以上、在宅勤務を続けている。2人は、それぞれの部屋でパソコンに向かいヘッドセットで会議に参加しながら仕事をしている。

リッキーさんは在宅勤務について「新しい働き方でとても興味深い。自分のために使える時間も多くなった」と前向きに評価している。

アレックスさんも、「通勤時間からも解放され、自分の仕事上は問題がない」新型コロナウイルスの収束後も、週に数回は在宅勤務を導入することが合理的ではと指摘する。

一方で同僚とともにオフィスで過ごした時間が大切なものだったと改めて気づいたという。「また彼らと会える日が来たら本当にありがたく感じるだろう」と話す。

別世帯との交流は禁止されているため2人は家族ともあえない。政府は感染のペースが鈍化すれば12月3日以後に制限を緩和する方針だが、延期の可能性もある。2人ともクリスマス休暇を家族と過ごせるよう祈っているという。

夏に経済回復するも再び危機

イギリス統計局が11月12日発表した2020年7月~9月期のGDP=国産総生産は4月~6月期に比べて15.5%と記録的な伸び率を示した。

3月の最初のロックダウンが緩和され、夏には外食の半額キャンペーンなども始まり、春先に冷え切った経済が、夏の間に活性化したことが要因だ。しかし制限緩和は同時に感染の再流行をもたらした。2回目のロックダウンは戻りかけていた経済に再び打撃を与えることになる。

死者数は欧州最多の状況が続き11月に入り、ついに5万人を超えた。感染抑制と経済再生の両立という困難な課題と向き合う日々が続く。

【執筆:FNNロンドン支局長 立石修】

立石修
立石修

テレビ局に務める私たちは「視聴者」という言葉をよく使います。告白しますが僕はこの言葉が好きではありません。
視聴者という人間は存在しないからです。僭越ですが、読んでくれる、見てくれる人の心と知的好奇心のどこかを刺激する、そんなコンテンツ作りを目指します。
フジテレビ取材センター室長、フジテレビ系列「イット!」コーナーキャスター。
鹿児島県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。
政治部、社会部などで記者を務めた後、報道番組制作にあたる。
その後、海外特派員として欧州に赴任。ロシアによるクリミア編入、ウクライナ戦争などを現地取材。