福島県を代表するモモの主力品種「あかつき」。旬を迎えると、直売所だけでなく近所の無人販売所や道の駅でも多くの人が買い求めます。今や全国的な人気を誇るこのモモですが、実は誕生までに多くの苦難を乗り越えてきた歴史や、その名前に込められた意外な由来が存在します。
■実は幻のモモになりかけていた
現在でこそ主力品種として親しまれているあかつきですが、その誕生までの道のりは苦難の連続でした。1979年(昭和54年)に初めて新品種として披露されたあかつきは、もともと昭和27年に国の研究所で「白桃」と「白鳳」を交配して作られたものでした。
その後、「れ-13」という個体番号で昭和28年から試験が開始され、昭和45年まで12の県で新種として登録できるか研究が尽くされました。しかし、当時は200gを超える大きなモモができず、調査研究は一度打ち切りになってしまいます。あかつきは、あわや「幻のモモ」として消え去る寸前だったのです。
■福島県の生産者の熱意と「あかつき」誕生
研究が打ち切られかけた一方で、福島県では昭和45年頃から生産者による現地試作が始まっていました。管理や施肥を重ねることで、昭和50年頃には果実を大きく育てていくことに成功。そして昭和54年、ついに「あかつき」が誕生しました。
誕生当初は東京などへの出荷が優先され、地元・福島県内ではなかなか手に入らなかったそうです。
■名前の由来に込められた思い
「あかつき」という名前の由来には、いくつかの思いが込められています。
国が提示してきたものから、福島県の果樹試験場が地元の「信夫三山暁まいり」にちなんで命名しました。また、モモの「赤い」色合いや、「早い時期に収穫できる」特徴を「夜明け(暁)」に見立てて表現しています。
一度は消えかけた運命を克服し、地元生産者の情熱によって咲き誇った「あかつき」。その背景には、福島とモモへの深い愛情がありました。
※2026年7月21日放送の福島テレビ・テレポートプラスの天気コーナー「福テレ空ネット」からの抜粋記事。
