東日本大震災の原発事故で避難を余儀なくされた福島県田村市都路町。当時、教育委員会として対応にあたり、再開した古道小学校(現・都路小)で校長を務めた根内喜代重さん。前例のない困難の中で、子どもたちに故郷への「自信と誇り」を育み続けた日々と思いを振り返る。

■ 避難生活と学校再開
東日本大震災の当時、福島県田村市の教育委員会にいた根内喜代重(こんない・きよしげ)さん。東京電力・福島第一原発から21kmに位置する田村市都路町の古道(ふるみち)小学校(現・都路小)に入り、直後から対応にあたった。都路町は根内さんが生まれ育った故郷でもあった。

「国とか県からの情報もそれほどない状況だったので、もうどうなるんだろうっていう思いでした」

その後、都路地区全域に避難指示が出され、同じ田村市内の閉校していた小学校での避難生活が始まった。
「この子たちのためになるならば、どんなことだってやるという思いはありました」

仮校舎での避難生活は3年1カ月に及んだ。当時を振り返り、根内さんは語る。
「当然、保護者の方の中には放射線に対する不安や、それぞれの事情があったことは間違いない。だからこそ、再開にあたっては『保護者の方がこの古道小に通わせてよかった』と思ってもらうこと。それは目標ではなく、学校を再生していく絶対条件でした」

前例も正解もないなか、2014年4月に田村市都路町の避難指示が解除され、同時に古道小学校が再開した。児童数は66人(震災前99人)。

「本当に学校が戻ってきたんだなという印象を持ちました。なんとしても子どもたちがここで笑顔で元気に、のびのび毎日勉強できるような学校をつくらなくちゃならないと、思いを強くしたことを覚えています」

■ 自ら判断する力を
根内さんが目指したのは、子どもたちが故郷を自分の言葉で語り、未来を選び取る力を育むことだった。

「報道で言っているからとか、国が言っているからということだけではなく、自分で判断していく。そのために実際に自分でやってみて、体験して考えることが大事なんです」

その言葉通り、土の放射線量の測定から始まった野菜作りなど、故郷を知り、地域の人と関わり、自分で考える学びがスタートした。

「教員として覚悟を持たざるを得ない状況にしたのは原発災害であったと思います。『この地域だからできる学びは何か』を問い続けました」

2026年7月、福島県双葉町で開かれた学びを振り返るトークイベント。壇上には、古道小学校の卒業生である朝田萌依(あさだ・めい)さんの姿があった。
当時、子どもたちのアイデアで生まれた特産のキュウリを使った「キュウリジャム」。収穫から商品開発、販売まで、すべて子どもたちの手で行われた。

朝田さんは当時を振り返り、「感謝しかない。今感謝しているからこそ恩返しできる人間になって、地域や福島県の力になれる人であろうという気持ちです」と語った。

■ 子どもは地域の未来
根内さんは、子どもたちや地域への思いをこう語る。

「子どもたちも地域の方も保護者も、こうやってその時一生懸命やってきたということに、自信も誇りも持ってこれから生きていってほしい。本当に子どもって未来そのものですし、やっぱり子どもがいるということは、地域に未来があるっていうことだと思う」

根内さんは子どもたちとの日々を一冊の本にまとめ、今後は当時の経験や地域での学びを多くの人に伝えていきたいと考えている。
2027年春からは田村市で働く当時の教え子もいて、地域の未来はまさに“あの時の子どもたち”自身の手で切り拓かれている。

福島テレビ
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