広島県の大崎上島で、島のフルーツを生かしたクラフトビールを造る夫婦がいる。
“経験ゼロ”から始めた醸造は3年目を迎え、国内の審査会で金賞を受賞。自然の恵みと生まれ育った島への思いが詰まった一杯を追った。
築100年以上の元旅館でビール造り
瀬戸内海に浮かぶ離島・大崎上島。旅館として使われていた築100年を超える建物を活用し、2024年にオープンしたのがクラフトビール醸造所「MICHISHIO BREWING(ミチシオ・ブリューイング)」だ。
代表の森隆則さん(47)は大崎上島町の木江地区で生まれ育ち、20代半ばでUターンした。
「ビール造りの経験は全然ないです。トラックの運転手をしていました。飲んだり食べたりするのが単純に好きなので、自分が造ったビールが飲めたらいいなあと思って」
たった6坪の醸造所で、発酵から熟成、ビン詰めまで夫婦二人で行う。
妻・愛子さん(42)が笑顔で話す。
「私、工場長なんですよ」
隆則さんが「工場長は奥さん。私は代表です」と続ける。
「この工場内で一番は私です。工場から出たら、夫が代表」
結婚生活25年の円熟味は、ビール造りにも生かされている。
「高級車を買った気分でやろうや」
ビール造りを始めようと思い立ったのは、一人息子が大学進学で島を離れたことがきっかけだった。
「子どもが高校卒業して、島から出ていったときに、2人になったら寝るのが早くなった」
現在、息子の奏人さん(24)は社会人となり、山口県で暮らしている。
子どもが巣立ってからの再出発。とは言え、未知の世界だったビール造り。夫婦は島根県の醸造所で一から学び、設備も導入した。
愛子さんは「やったことないことをやるのがすごく面白いんで。できるかどうかも分からないのに…。やりたいと思ったらやる」と当時を振り返る。
「高級車を買った気分でやろうやって。借金をね」
そう笑う隆則さんだが、根底には地元への思いがある。
「大崎上島の中でも木江地区はどんどん人が少なくなっている。自分が育ってきたところが寂れていくのは、正直すごく寂しい。ビールファンが買いに来てくれたら、人の流れもできるし、近所のおばちゃんらも『にぎやかになってええわ』って」
島で採れたフルーツをビールに活用
ミチシオ・ブリューイングのクラフトビールには、レモンやトマト、ミカンなど大崎上島産の農作物を使用。どのビールも「島らしさ」を大切にしている。
2026年で3年目を迎え、国内の審査会「ジャパン・グレートビアアワーズ2026」では金賞を受賞。人気と実力を着実に積み上げてきた。
「最初は受け入れてもらえるか心配だった」と愛子さん。しかし、島の人の反応は予想以上に温かかった。生産者がすぐ近くにいて、農作物に込めた思いを直接聞けることが、大崎上島でビールを造る大きな強みだ。
この日、夫婦が訪ねたのは、隆則さんの幼なじみ・中原幸太さんが営む島の農園。
中原さんが、まだ青いミカンの果汁を搾って見せた。
「ちょうど汁が出始めたタイミング」
隆則さんも口に運び、「本当にミカンの味がする」と言って、次の新商品を仕込むためのフルーツを模索する。
「新しいものを作るのって本当に不安。どんな味になるのか、どんなスタイルになるのか…」
試行錯誤を重ねる中、生産者との交流がヒントを生み出していく。
「夏ミカンのほうがいいんじゃない?決めるのは2人だけど」と中原さん。愛子さんが「オレンジチョコみたいな」と思い描く味を伝える。
そんなやり取りから、新しいビールの輪郭が少しずつ見えてくる。本来なら収穫を終えている夏ミカンを、森さん夫婦のために残してくれていた。
中原さんは、「島に住んでいる人が新しい事業に取り組むパターンも少ないし、ビールってすごくいいじゃんと思って。これは応援せんわけにはいかんでしょ」とエールを送る。
夏ミカンを使った“黒ビール”に初挑戦
醸造所では、この夏発売予定の黒いビールが発酵機の中で熟成されていた。その黒ビールと大崎上島の夏ミカンを組み合わせた新作に挑戦している。
どんな味に仕上がるのか、隆則さんは不安と期待が入り交じる思いを口にした。
「自分が思っている味が出るのかすごくドキドキ感、ワクワク感。楽しいけどね」
夫婦二人三脚で造るクラフトビール。その原点は、生まれ育った大崎上島の木江地区にある。
「ここでずっとやっていきたいっていう思いはすごくあります」
そんな隆則さんの思いに、愛子さんも寄り添う。
「木江が好き、単純に」
「人に愛されるようなビール造りをやっていきたい」
瀬戸内の陽光と潮の香り、そして島の人たちの思いまで詰め込んだクラフトビール。大崎上島でしか造れない一杯を求め、森さん夫婦の挑戦は続く。
(テレビ新広島)

