2027年に開催される「日本のひなた宮崎国スポ・障スポ」。この夢の舞台を目指し、過酷な運命を乗り越えた一人の元トップボウラーがいる。8年前に襲ったくも膜下出血で右半身に麻痺が残る中、妻・みゆきさんの献身的な支えを力に、再びレーンへと戻ってきた。「今の自分が100%」。夫婦二人三脚で挑む、感動の挑戦を追った。

大病を乗り越え夢舞台を目指す

国スポを目標に、過酷な状況から立ち上がったアスリートがいる。

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 宮崎市で「曽我珠算塾」でそろばんを教えている野崎俊哉さん(44)だ。

 野崎さんはかつて国際大会である「東アジアパシフィック選手権」で銀メダルを獲得し、国民体育大会(現・国スポ)に4度出場した実績を持つ、宮崎を代表するトップボウラーであった。

 しかし、8年前にくも膜下出血を発症。右半身が麻痺し、全く動かない状態に。

野崎俊哉さん:
ボウリングもそうだけど、普段の生活も無理かなと思った。

夫婦二人三脚の挑戦

失意の中にある野崎さんを支え続けたのは、妻のみゆきさんだった。

 野崎俊哉さん:
妻だから安心できるものがある。(自分を)間違った方向には行かせない。

 懸命なリハビリの結果、麻痺は一部残るものの、野崎さんは再びレーンに立つまでに回復した。

野崎俊哉さん:
投げてる姿を見せてあげたい。妻が「ここまでなったんだ」と思えるようにしたかったですね。

ここまで支えてくれた人たちに宮崎国スポに立つ姿を見せたいと、練習に励む野崎さん。

 この日もみゆきさんは野崎さんの投球を撮影していた。

妻 みゆきさん:
宮崎国スポのためにやってきたので、楽しみも不安も両方あるけど、ここまで頑張ったなって。

ボウリング仲間で野崎さんと20年以上の付き合いがある下地良信さんも投球を見守る。

競技仲間 下地良信さん:
体の動きも復活した頃よりだいぶ良くなってるので、まだまだやれるんじゃないかなと思う。

 今の状態は病気前の7割程度と話す野崎さん。それでも気持ちは前向きだ。

野崎俊哉さん:
今の自分が100%というつもりでボウリングをしないといけない。来年の国スポが最後の挑戦と思っている。

強い思いで国スポを目指す野崎さんにみゆきさんは… 

妻 みゆきさん:
頑張っているし頑張ってきたので、そういう人に頑張ってということもできないから、とにかく「応援してるからね」と。それだけですね。

逆境に立ち向かってきた2人が見据えるのは、宮崎国スポ・障スポの舞台だ。

 「病を越えて夫婦で国スポへ」

ボウリング競技は2027年9月30日から10月4日まで宮崎市の宮崎エースレーンで行われる。

(テレビ宮崎)

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