岩手県大船渡市三陸町は、大船渡市と合併して2026年で25年を迎える。
耳馴染みのある「三陸」の地名の由来に迫る。
長年にわたり岩手県の地名を調べている宍戸敦さんによると、三陸という地名は3つの村が合併したことが由来だと考えられるという。
宍戸さんは「三陸町は三陸海岸の中心という意味。旧綾里村・旧吉浜村・旧越喜来村の3つの村が合併したことで「三」という意味も兼ねて三陸町という地名となった」と説明する。
三陸という名前のルーツは明治時代までさかのぼる。
それまで東北地方の東側を広く占めていた「陸奥国(むつのくに)」が、明治新政府によって分割され、このとき誕生した「陸前」「陸中」「陸奥」の三つの国を総称して、のちに「三陸」と呼ばれるようになった。
宍戸さんは「都に近い南側から陸前、陸中、陸奥と名付けられた」と話す。
一方、珍しい読み方をする「越喜来」の地名には、鬼の伝説が残されている。
宍戸さんによると、かつては「越鬼来」と表記されていたとされ、「都から追われた鬼がやって来たことに由来する。その後、『鬼』の字が『喜』に変わり、現在の越喜来になった」と語る。
さらに周辺には鬼伝説にちなむ地名も点在する。
宍戸さんは次のように説明する。
「都から来た鬼の体がバラバラになり鬼の脚が流れ着いたところが脚崎(すねざき)、首が流れ着いたところが首崎(こうべざき)、体が流れ着いたところが死骨崎(しこつざき)、鬼のしっぽが流れ着いたのが尾崎(おざき)、鬼の牙が流れ着いたところが鬼間ヶ崎(きまがさき)と名付けられた」
そんな伝説が残る越喜来には、穏やかな越喜来湾が広がる。その湾を見渡す甫嶺(ほれい)地区にあるのが、廃校となった小学校をリノベーションした施設「三陸アクティブ」だ。
代表の鈴木健悦さんによると「甫嶺」の地名の由来は、「地域の山側に「嶺(れい)」という村、里の開けたところに甫(ほ)という村があった。それが明治22年(1889年)に合併して、甫嶺(ほれい)という地区になった」という。
東日本大震災では、越喜来地区にあった越喜来、崎浜、甫嶺の3つの小学校のうち、甫嶺小学校だけが校舎の被害を免れた。2012年には3校が統合され、新生「越喜来小学校」として再出発。甫嶺小学校の校舎は、新校舎が完成する2016年まで学び舎として活用されてきた。
鈴木さんは「2年半、子どもたちはこの施設で学んで、新しい小学校が出来た時点で、ここが廃校になった。この学校を利用して甫嶺地域を活性化するよう(地元の人から)越喜来の復興委員会に要望があった」と振り返る。
三陸アクティブは、宿とアクティビティがセットになった施設で校舎に最大72人まで宿泊することができる。
音楽室を活用したカラオケルームや校庭には自転車競技であるBMX用のコース、体育館にはスケートボードなどができる室内パークを設置しており、県内でも珍しい体験ができる。
さらに、寺での説法体験や釣り、郷土料理づくり体験なども用意されているという。
鈴木さんは「静かな環境を求めて訪れる都市部の人たちが多い。環境の良さを体験してもらえる場所として残していきたい」と話す。
鬼の伝説が語り継がれる三陸町越喜来には、今ではその豊かな自然と地域ならではの体験を求めて、県内外から多くの人々が訪れている。
