スーパーの売り場には「七夕の日は素麺を食べよう」の文字が躍り、需要は前年比130%超。一方で、その関係を「初めて知りました」と答える買い物客も少なくありません。

なぜ七夕にそうめんなのか。

そして、1300年の歴史を持つこの食べ物は今、どこへ向かおうとしているのか。

その知られざる歴史と、進化を続けるそうめんを徹底取材しました。

■「7月7日はそうめんの日」 スーパーでは前年比130%の売れ行き

7月7日は「七夕」。

京都市内の保育園では、子どもたちが短冊に「電車の運転手になりたい」「たくさん遊べますように」と願いを書きました。そして願い事の後には、大興奮の”流しそうめん”が待っていました。

実は七夕とそうめんには密接な関係があるとされており、業界団体は7月7日を「七夕・そうめんの日」と定めています。

大阪市内のスーパーでも、そうめんが大量に陳列される光景が見られました。近年はコメの価格高騰に加え、猛暑が長引く影響もあってか、需要は高まりを見せています。

【イオンリテール 谷山周平さん】「暑い時期が続いていますので、トップバリュのそうめんなどでしたら、昨年と比べまして約130%で売れております。七夕に向けて、非常に需要も高まっています」

売り場を訪れた買い物客に七夕とそうめんの関係を尋ねると、「ないです。初めて知りました」という答えが返ってきました。

■「疫病が収まった」 七夕とそうめんの意外な起源

ではなぜ、七夕にそうめんなのでしょうか。

取材班が向かったのは、「♪そうめんやっぱり揖保乃糸~」でおなじみの揖保乃糸の資料館「そうめんの里」です。

同施設の平田順子さんは、その由来をこう説明します。

【平田順子さん】「昔、中国の皇帝の子供が疫病で亡くなった。七夕の日に(皇帝の)子供がそうめんが好きだったので、お供えして供養したら、その疫病が収まった。七夕にそうめんを食べると”元気に夏も乗り越える”」

中国の言い伝えが起源となり、七夕の日に無病息災を願う食べ物になったといいます。

■「縄をねじったようなもの」 日本に伝わった当初のそうめんとは

しかし、そうめんは日本に伝わった当初、私たちが知っているあの細長い食べ物ではありませんでした。

平田さんによると、「昔、遣唐使によって中国から仏教や食べ物が伝わってきました。その中にそうめんの原型があった。お菓子の中の1つだったと言われて、縄をねじったようなもの」だったといいます。

これがおよそ1300年前に日本へ伝わったとされるそうめんの原型、「索餅(さくべい)」です。

当時は庶民が口にできるものではなく、宮中行事のもてなし料理や褒美の品として扱われていたといいます。

■”そうめん発祥の地”奈良・三輪 「索餅」から「そうめん」へ変わったのは鎌倉時代

私たちが知っている細長いそうめんが生まれたのはいつなのか。取材班は奈良県桜井市へ向かいました。

JR三輪駅には「三輪素麺」「そうめん発祥の地」の文字が掲げられています。

【奈良県三輪素麺工業協同組合 小西幸夫理事長】「『そうめん』という名前に鎌倉時代になったと聞いています。色んな粉の技術、油の使い方があって、細い『そうめん』ができたと思います」

小西さんによると、「索餅」から「そうめん」へと変わったのは鎌倉時代のこと。

中国から新たな挽臼技術が伝わったことで小麦粉をより細かく製粉できるようになり、油を塗って引き伸ばす「手延べそうめん」が三輪で生まれたといいます。

【奈良県三輪素麺工業協同組合 小西幸夫理事長】「鎌倉時代までは、“索餅”という名前でしたけど、名前が変わっております。索餅(さくべい)、索麺(さくめん)、素麺(そめん)、最終に“そうめん”」

■「伊勢参り」の道中で全国へ 江戸時代に庶民の食べ物として定着

その後、そうめんは庶民の食べ物として広まっていきます。

江戸時代の書物には、長いそうめんを職人が干す様子が描かれ、三輪の町で旅人を「そうめんにてもてなすなり」という記載も残っています。

当時大ブームとなっていた「伊勢参り」の道中で三輪素麺を食べた人々が、関西を中心にその味を広めていきました。

【奈良県三輪素麺工業協同組合 小西幸夫理事長】「おいしいのと、自分らの国の気候とか、風土がよく似ているから”できるかな”ということで、三輪のそうめんづくりを教えてもらって、そこから播州や淡路島、半田(徳島)、長崎と色々と広まりました」

■「飽きた」「あんまり好きじゃない」 若者のそうめん離れが進む現実

長い歴史の中で日本人の生活に浸透していったそうめん。しかし現在、若者世代にその魅力は届いているとは言いにくい状況です。

街で若者に聞いてみると、「そうめん夏しか食べない。親がごはんめんどくさい時とか」「家でめっちゃ出てくるから飽きた」「食べないですね。あんまり好きじゃない。めっちゃ細くて、きゅうりと玉子しかない」といった声が相次ぎました。

1300年の歴史を持つ食べ物も、若者にはその魅力が”つるっ”と流されているようです。

企業情報を収集する東京商工リサーチの藤本真吾さんは、その背景をこう分析します。

【東京商工リサーチ 藤本真吾さん】「そうめんってどうしても夏の食べ物のイメージがあるんです。通年の専門店という意味では、他の麺類と比べてもかなりハードルが高め」

ラーメンやうどんと比べて専門店が少ないことが、若者離れの一因になっているとみられます。

■「チーズ×納豆×卵黄」 老舗メーカーが仕掛ける創作そうめんの新世界

そんな状況を打破しようという動きが出てきました。

大阪の北浜に2026年5月にオープンしたのが、三輪素麺の老舗メーカーが手掛けるそうめん専門店「てのべたかだや北浜茶寮」です。

記者がのぞくと、「きのこに、トマトに、エビワンタン。さらにチーズに卵黄」と、およそ20種類の創作メニューが並んでいます。

トマトとバジルオイルで味付けしたものや、4種類のキノコを使ったメニューに加え、チーズと卵黄と納豆を混ぜて食べるという一品まで。

【記者リポート】「チーズと納豆と卵黄で濃厚な味なんですけど、そうめんがさっぱりしていて食べやすくて、めちゃくちゃ合います」

来店客からも「おいしいです。(そうめんが)うどんとそばと並びます」「お店でそうめん食べることってあんまないんで、オシャレなそうめんを食べている感じがします」と好評を得ています。

同店の松場勇人さんは、出店の背景についてこう話します。

【てのべたかだや北浜茶寮 松場勇人さん】「若者の”そうめん離れ”というのは、顕著に出てきているかなと思いまして。そうめんをどこかで夏に食べたとか、そういった文化と言いますか、記憶ってあると思っていて、全世代が季節を問わず、うどん・ラーメン・そばと同じように、日常に食べられるような品物になればいいなと思います」

七夕の日に無病息災を願って食べられていた食べ物が、1300年の時を経て、今また新たな姿へと変わろうとしています。

(関西テレビ「newsランナー」2026年7月7日放送)

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