東日本大震災から15年余りが経過した。岩手県大槌町では、新たな特産品「岩手大槌サーモン」の燻製づくりに励む男性がいる。東京大学の特任教授として復興支援に携わった後、そのまま町に移り住んだ新谷洋一さんだ。天然サケの記録的な不漁という苦境に立ち向かい、養殖ギンザケの魅力を冷燻(れいくん)技術で引き出す新谷さんの歩みと復興への情熱を追った。
特任教授から燻製職人へ
岩手県大槌町の海岸を望む場所に、燻製専門店「ひょうたん島 苫屋(とまや)」はある。
社長の新谷洋一さん(73)は、東京都出身で元東京大学大学院特任教授だ。妻子を東京に残し、ここで三陸の海の幸を使った燻製を製造している。
「元々都会の人間だから、それと比べながら岩手県が豊かで素晴らしいと力説しても『えーまた始まった新谷さん、岩手愛が』と、からかわれちゃうんですけど」と地元の人との交流の様子を話す新谷さん。
新谷さんが大槌町を訪れたきっかけは東日本大震災だった。
震災前から町内に研究所を持っていた東京大学では、町と連携して復興プロジェクトに取り組んできた。
東大大学院の特任教授だった新谷さんは、2013年から水産分野のリーダーとしてそのプロジェクトに参加した。
新谷さんは、当時の景色を「行くところ行くところ、がれきの山になっていた。どこもかしこも荒涼たる景色だった」と振り返る。
プロジェクトの一環で、2014年に新たな特産品づくりを目指し「ひょうたん島 苫屋」を起業。
プロジェクト自体は2015年で終了したが、新谷さんの大槌の復興に携わりたいとの思いは途切れなかった。
移住当初は言葉の壁や疎外感に悩む時期もあったが、住民との交流を深める中で、町への愛着は強まっていった。
天然サケ激減と養殖の光
「町のために何ができるのか――」そう考え続けてきた新谷さんが着目したのが、町の特産でありながら記録的な不漁に陥っていたサケだった。
大槌町の基幹産業である水産業を支えてきた天然サケは、震災の津波による町内のふ化場の被災や近年の海水温上昇が重なり漁獲量は下降線をたどった。
ピーク時の2007年には年間約2,000トンに上った漁獲量は、2025年にはわずか0.05トンと、4,000分の1にまで激減した。
新谷洋一さん:
(震災以降)どんどん環境が変わって魚が毎年取れなくなっている。(町民は)心の中は本当に悲しかったと思う。
この深刻な事態に対し、町は水産大手「ニッスイ」のグループ会社らと協力し、ギンザケの海面養殖という新たな挑戦に乗り出した。

本格的に養殖が始まった2022年度は約351トン、2026年度は約900トンと生産量は順調に伸びていて、「岩手大槌サーモン」としてブランド化が進められている。
新谷さんは「大槌のギンザケは、とても濃厚なうまみで脂もしっかりと乗り、いいものができている」と高く評価している。
独自の冷燻技術で魅力を発信
新谷さんは自身の専門である燻製技術で養殖サーモンを盛り上げようと考えている。
採用したのは、30度以下の煙でじっくりと燻す「冷燻」という手法だ。魚のうまみを最大限に引き出すための装置は、新谷さん自らが設計・製作した。
新谷洋一さん:
「町を支えられるようなものにしたい」とみんな思っているに違いないので、私は少しでもそれに協力できたらいいと思う。
燻製に使用するチップにもこだわりがある。強い香りをつけるサクラや、マイルドに仕上がるリンゴなど、4種類のチップを食材ごとに使い分ける。
現在は10種類以上の商品を展開しているが、中でも岩手大槌サーモンの燻製は一番人気となっている。
家族の支えと地域との絆
73歳での一人暮らしを支えるのは、離れて暮らす家族の存在だ。スマートフォンを使いこなし、SNSのグループチャットを通じて妻や子供たちと常時つながっている。
また、大槌町に移り住み、水産業を盛り上げようと取り組み続ける新谷さんの姿を、地元の漁業関係者も応援している。
新おおつち漁業協同組合の小石保さんは、「大槌でやろうという人はなかなかいないので、ありがたい」と感謝を口にする。
新谷さんは年に約10回、首都圏を中心とした販売会に足を運び、自ら岩手大槌サーモンの魅力を伝えている。
新谷洋一さん:
途中であきらめてやめてしまったら町の人から見て「役に立つものできたの?なにも役に立たなかった」と言われるのが悔しい。町の中には見てくれる人もいるので、“ええかっこ”できるところまで続けたい。
震災を機に始まった第二の人生。新谷さんが作り出す燻製は、大槌町の復興という願いを乗せ、今日も全国へと届けられている。

