「大好きなおばあちゃんが大事にしていた店を続けていきたい」——その思いを胸に、鹿児島県鹿屋市吾平町の老舗商店に立つ女性がいる。創業75年の「久木山商店」を引き継いだ久木山暁子さん(37歳)が店に並べたのは、大容量商品で知られる「コストコ」で仕入れた品々だ。かつて50店舗が軒を連ねた吾平商店街は、いま10店舗ほどにまで減っている。そんな商店街に、遠くからでも客を引き寄せる新しい試みが始まっている。

「旗がピラピラと、ずっと気になっていた」

吾平商店街に入ると、一軒の店先に「コストコ」の文字が躍っている。久木山商店だ。店内にはトイレットペーパー、お菓子、大きな袋に入ったパンなど、大容量の商品が山積みされている。

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通勤で毎日この道を通っていた買い物客は「旗がピラピラと。ずっと気になっていて、やっと来ることができた」と話す。店を訪れた男の子に「きょうは何を買ったの?」と尋ねると、「パンとおやつ」と笑顔で答えた。

JRつばめの「つばめレディ」から、祖母の店へ

店を切り盛りする久木山暁子さんは、この商店街で生まれ育った。高校卒業まで吾平で過ごし、専門学校卒業後はJR九州の特急「つばめ」に「つばめレディ」として乗務するなど、福岡を拠点に生活してきた。

転機は2年前。結婚を機に「地元で子育てをしたい」と鹿屋へUターンした。そして2025年、長年この店を守ってきた祖母・多喜子さんが亡くなった。元々は石炭や肥料などを販売してきた久木山商店は、主を失い、一時は存続が危ぶまれた。

「昔から吾平のまちに思い入れがあったので、大好きなおばあちゃんが大事にしていた店を続けていきたいという思いは日に日に強くなって、今、やっている感じ」と久木山さんは振り返る。「商店街の灯りを消したくない」——その一心で後を継ぐことを決めた。

コストコ再販という新戦略

鹿屋の中心市街地からも離れた吾平商店街では、従来の商品だけでは大きな集客は見込めない。そこで久木山さんが目をつけたのが、福岡在住時代から親しんできたコストコの商品だった。

コストコは、仕入れた商品を別の店で再販売することを公式に認めており、こうした「再販店」は全国的に広がりを見せている。久木山さんは隔週の金曜日に熊本県のコストコへ仕入れに出向き、大容量のパンやキッチン用品などを店頭に並べる。

「圧倒的にキッチンペーパーが売れている」と久木山さんは語る。特にパンは入荷日を目当てにリピーターも多く、「吾平のまちに来たことがない方が、この店をめがけて来てくれるのはすごくうれしい」と笑顔を見せる。

祖母の時代からの商品も守り続ける

コストコ商品だけが久木山商店のすべてではない。祖母の時代から続く商品も棚に残している。一番の売れ筋を聞くと、「餅粉が一番売れている。どこにでもない商品みたいで」と久木山さん。長年の地元客との絆も大切にしながら、新しい客層を少しずつ取り込んでいる。

店の歴史を守りつつ変化を加えるその姿勢は、地域からも歓迎されている。美里吾平コミュニティ協議会の中塩了事務局長は「4月から新しいがバイパス道路ができて、商店街を通る車が2〜3割減った。衰退したらどうしようかと思っていた時期に、若い人が店を出してくれるのは我々も喜んでいる」と話す。

「商店の寿命を、少しでも伸ばしたい」

吾平商店街は昭和40年代、50店舗ほどが軒を連ねていた。それがいまは10店舗ほどにまで減っている。大隅縦貫道の吾平道路が開通したことよる通行量の減少も重なり、商店街を取り巻く環境は決して楽観できない。

「店が増えて人が増えてほしいがなかなか難しい。この状況を少しでも長くできれば」と久木山さんは言う。大きなにぎわいを一気に生み出せるとは思っていない。それでも、「商店の寿命が伸びるように」と、祖母の形見を片手に今日も店頭に立つ。

一人の女性の決断が、小さな商店街に確かな灯りをともしている。

なお、久木山さんのお店の名前は「おじゃったもんせコストコ」の略で、「おじゃコス」という。

営業時間や商品の入荷情報など、詳しい情報はインスタグラムで発信している(「おじゃコス」で検索できる)ので、ぜひ見てほしい。

※注 “おじゃったもんせ”は鹿児島の方言で「いらっしゃいませ」「ようこそいらっしゃいました」といった歓迎の意を表す。

【動画で見る▶コストコ商品で商店街の灯りを守る 鹿屋市・吾平町の老舗商店 祖母の思いを受け継ぐ女性の挑戦【鹿児島】 】

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