福島県喜多方市の山間地域で、100年以上も前から受け継がれてきた「絶品そば」がある。「高郷(たかさと)雷神(らいじん)そば」だ。地元産そば粉100%の十割そばで、その豊かな風味と喉越しは多くの人々を魅了してきた。しかし、この伝統の味が今、後継者不足という大きな課題に直面している。地域にとって「なくてはならない」そばを守ろうとする職人たちの思いを追った。
■“蕎麦どころ”会津が誇る伝統の味
喜多方市高郷町の名物「高郷雷神そば」は、古くから信仰を集める地元の雷神山(らいじんやま)にその名が由来する。天候に恵まれると人々が集まって食べた、と伝えられるこのそばは、地元産のそば粉のみを使用した十割そばだ。“そばどころ”として知られる会津地方でも逸品として名高い。
その味は格別で、口にした人は「蕎麦の風味が感じられてとても良い。喉越しも良くておいしいです」と顔をほころばせる。そば粉100%ならではの豊かな香りが口いっぱいに広がり、強いもちもち感がありながらも、つるりとした喉越しで食べやすいのが特徴だ。
■人口減少の波と後継者不足の現実
この伝統の味を守るそば打ち職人は、多い時と比べて3分の1にあたる10人ほどにまで減少している。その背景には、深刻な人口減少がある。地区の人口はこの20年で約4割も減少し、現在は1400人ほどになった。
そば打ち職人の一人、田口敬久(たぐちけいきゅう)さんは、この現状に強い危機感を抱いている。「下に伝えるというのが、なかなか出来なくなってきている」と語る田口さん。「若い人たちができるようになるような、魅力あるようなそばをずっと守っていきたい」という思いは切実だ。
■熟練の技に込められた“思い”
高郷雷神そば作りは、独特の工程と熟練の技を要する。まず、十割そばならではの「湯ごね」。熱湯をそば粉にかけて素早くなじませる作業だ。
その後、水を加えてこねていくが、ここで田口さんから「じゃっちぇじぇっちぇと」という方言が飛ぶ。「早く一生懸命力を入れてだんごにする」という意味で、冬場なら汗をかくほどの力仕事だ。出来上がりの食感はこの工程で決まるため、特に重要な作業となる。
また、このそばは結婚式など祝いの席でも振る舞われてきた歴史を持つ。そのため、生地をのばす際には「角(かど)を出さない」のが習わしだ。「角(つの)を出さないように」と、生地を丸く丸くのばしていく。その一つ一つの工程に、先人たちの思いが込められているのだ。一人前の職人と呼ばれるようになるには、早くても2〜3年はかかるという。
■「なくてはならないそば」を未来へ
伝統の灯を消すまいと、田口さんたちは仲間と共に、そば打ち体験会を随時開催している。田口さんは「高郷雷神そばは、なくてはならないそばだと認識しています。こういうそばがあると、皆さんに知ってもらいたい。若い人に来てもらって覚えてもらって、続けてもらいたい」と、その願いを語る。
こうした活動は少しずつ実を結び、以前には地域おこし協力隊として栃木県出身の男性が約2年半、そば打ち職人として活動した実績もある。都合により地区を離れたため、現在、新たな担い手の募集も行われている。
地域の歴史と人々の思いを乗せて打ち続けられてきた高郷雷神そば。その唯一無二の味と技を未来へつなぐため、職人たちの挑戦は続いている。